「タイムスリップ・ヘビーメタル」【掌編小説】
千年前の地層から発見されたレアメタルを解析すると、内部には永遠に反響し続けるヘビーメタル・ミュージックが封印されていた、という書き出しから始まる小説を書いていた。とある売れないヘビーメタルバンドの乗ったハイエースのブレーキが壊れ、140km以下に減速すれば爆発する爆弾が仕掛けられているのも発覚し、さらには落ちていたサングラスをかけると、スタッフが全員宇宙人だと判明した。その瞬間に雷が落ち、バンドのメンバーは千年前にタイムスリップしてしまうのだ。
書きながら私は幾つもの駄目出しをした。
・バンドの移動=ハイエース という認識は今でも正しいのか
・「内部で永遠に反響し続ける」とはどういう状況か
・「ヘビー」か「ヘヴィ」か
一人で悩んでいても仕方なかった。実家の母に電話してみた。結婚は諦めるから就職しなさいと怒られた。
怒られていても仕方なかったので元恋人にLINEしようとしたが、元恋人なんて存在しなかった。
存在しない相手に悩んでいても仕方ないので、実在する人間に直接聞くことにした。
隣の部屋に住んでいる、タイムスリップから帰ってきて三年目の、ヘビー(ヘヴィ?)メタルバンドのギタリストを訪ねていった。
「歌やドラムはどうにかなるんだけど、ギターとベースがね。楽器は無理やり手作りしたんだけど、ギュイーンてならないし。ベースは諦めてアカペラでボボンボンボンやりだしてね。めちゃくちゃ上手くなって、現代に戻ってから大きな大会に出て優勝してた」
以前はよく隣からギターを練習する音と、彼らのバンドの曲が聞こえてきたが、タイムスリップから帰ってきて以降、騒音に悩まされることはなくなった。
「ギター、やめたんですか?」
「ちょっと休憩。バンドも解散したし、しばらく休んで一人で考える時間を作ってる。これまでずっとギターが恋人で、彼女も作ってこなかったから」
良かったら私はどう、と売り込もうかと思ったが、残念ながら私は男で、ギタリストも男で、宇宙人だったかつてのバンドクルー達も全員男だった。
彼らのタイムスリップ冒険譚は、メタリカ主演で映画化された。タイムスリップの原因は、彼らの演奏パフォーマンスが凄すぎて、ということになっていた。過去から帰ってこれたのも、感動的なライブを過去でも披露したからだった。既に私が書くよりもずっとドラマチックな小説が出版されていた。
「本当は、宇宙人だったスタッフ達が助けにきてくれたんだけどね」
彼らの救い主はその代わりに、黒服の男達に連行されて戻ってこなかったそうだ。
「音が封印されたレアメタルについて聞きたいのですが」
これ、と言ってギタリストは、いとも簡単に石ころを投げてよこした。耳に当てると、確かに音が聞こえてくる。馴染みのボーカルと、正確なリズムの太鼓のような音、ボボンボンボンというアカペラ、それと弱々しい、シャカシャカと鳴っている弦楽器らしき音。
「現在では失われた記憶装置としての石だね。割ったら大音量で響いて散らばって、それで終わり。あと百個くらい残ってるよ」
昔はいくらでも生産可能だったそうで、大量に持ち帰った結果の売れ残りだという。五年ほどで中の音は自然消滅するそうだ。記録装置というより、儚い思い出のようだ。
参考になる話を聞けたので、小説の続きに取り掛かる。こういうものは閃いた瞬間から書き始めるのが一番いい。
「自分の部屋に帰ってもらえます?」とギタリストが言うのも気にしない。
「そうそう、ヘビーメタルか、ヘヴィメタルか、どっちですか?」
「人の話聞かないくせに人には聞くのか! 俺らはシンプルにメタルって言ってるからどっちでもいいよ」
「あとどうしてもっと売れそうな曲を作らなかったんですか?」
「俺は売れると思ってたんだよ!」
「あとあとそれと、ボーカルとドラムの人はユニットを組んで活躍していて、ベーシストはアカペラの道に行って、あなたは何してるんですか?」
「クビだよ、戦力外だよ、あんた地雷って知ってる?」
「Wikipedia読むのでちょっと待ってください」
「いいから帰れ!」
追い出される前に、もらった石にサインをねだると「正気か」と言いながら書いてくれた。靴を履く際に、靴べらを使うために下駄箱に石をちょい置きしたら、そのまま忘れてきてしまった。「天性の煽り屋」という、昔呼ばれたあだ名を思い出す。取りに行こうと再び彼の部屋のドアの前に立つと、中からギターをチューニングする音がびよんびよんと聞こえてきた。声をかけて中に入って石を取らせてもらうと、追加で石が三個飛んできた。
「次ライブする時行きますから!」心にもないことを行ってお礼の代わりとした。
「ライブの予定なんてねえよ!」
自分の部屋に戻っても彼のギターは聞こえてきた。
私は小説の続きを書き始めた。隣からのギターの音と、石に秘められた音楽とが鼓膜に届く。私は雑音がある方が集中出来るタイプだ。どんどん書き進んだが、売れそうな要素はこちらにもない。
(了)