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異想随筆集6「糸を燃やす」

※どこからでも読めます。

 練り合わされたたくさんの糸が縄となり、辺り一帯を囲んで「縄張りです」と主張している。年末年始の恒例行事「燃糸」に向けて、各家庭の古着をほどいてできた糸が材料となる。やがて寺社で燃やされるためだけに編まれるそれらの縄は、人の繋がりを模したものだと言われている。

 地元では当たり前だったこの「燃糸」がローカルな風習だと知ったのは大人になってからのことだった。当時同棲していた恋人と大掃除をしていた折に、「燃糸用の服とかある?」と聞いて「お正月に実家に挨拶に行く」と受け取られてしまったのだ。「年始」と勘違いした彼女との会話の行き違いになかなか気付けなかった。その会話が結局別れ話に繋がってしまった。

 というエピソードは燃糸の特異性を言いたいがために捏造した虚構である。「当時同棲していた恋人」あたりが嘘だ。

 強い糸もあれば弱い糸もある。短い糸もあれば長い糸もある。様々な色の糸がある。絡み合ってほどけない糸がある。もう他の糸と繋がれないくらいに短くなってしまった糸もある。人と人と人と人と糸と糸と糸と糸と。人は燃やせないので糸を燃やして私の地元は滅びずに生き永らえてきた。

 元旦を除く一月中に、寺社はどこも人を置いて焚き火のスペースを確保している。各家庭から持ち寄ってきた編みこまれた縄をそこで燃やす。けれどそこに持ち込まない野良燃糸をやりたがる家庭が毎年現れる。

「うちの前で燃やさないでくれますか」
 年末の買い出しから戻った私の前で、見知らぬ人が野良燃糸を始めようとしていたので声をかけた。
「すぐ終わりますんで」
「火事になると困りますんで」
「すぐに燃やしますんで」
「放火になっちゃいますよ」
「警察呼びますよ」
「こっちの台詞です」
 他の家の前で燃やされてそちらが火事になっても寝つきが悪い。
「うちで燃やしておきます」といって強引に引き取った。

「燃糸なんてまだやってたんだ」
 他の地域出身の妻が呆れている。
「ほんとにその人とは関わりがないのね?」
 あらぬことを疑われてはたまらない。恨まれるような覚えなどない。ややこしい人間関係など、繋がりなど、毎年毎年糸にして燃やしてきた。

(了)


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泥辺五郎
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