群れている「青の時代」に色鳥が
極彩色の渡り鳥たちが、扉の開け放たれた美術館に吸い込まれるように飛び込んでいく。港に近いその広大な美術館ではピカソ展が開かれており、各時代のピカソの作品が数百点展示されているのだが、鳥たちはこぞって「青の時代」の絵に群がり飛んでいく。客の上に落ちた色とりどりの羽根は絵の具に変化し、服や肌に染みを残す。作品は一つも汚されてはいない。よく見ると鳥たちが落とす糞すらそのままキャンバスに落とせそうな色合いを持っている。
私も見たかった「青の時代」のコーナーは既に鳥と人とで溢れていて、背伸びしてもよく見えない。こんなにも世の中に背の高い人たちがいたのかと驚く。天井まで伸び上がる者がいる。床に溶け込み人と鳥の間を縫って這う者もいる。頭上に飛び交う鳥たちが私の頭にも糞を落とす。半分がた白髪の髪がカラフルに染まっていく。洗い落とすための雨はまだ降らない。青く染まったピエロの帽子が人と鳥の隙間からかすかに見える。「青の時代」を諦めて出口へと向かう。様々な色の時代があり、無数の作風があるのに、「青の時代」にばかり人が詰めかけている。
美術館のすぐ外には絵よりも濃い青い海が広がっていた。影が落ちる。また鳥が来る。美術館の扉がいつまでも開け放たれたままなのは、建設の際にそもそも鍵を取り付け忘れたからだと説明されている。潮臭い海風が人類の遺産であるピカソの絵を傷め続けている。タイヤのない錆びた自転車があちこちに転がっている。都会からはるばるここまでやってきて、帰りの体力が残ってないことに気付いて海に身を投げる人が後を絶たないという。それほどの青だ。
美術館から出ていく鳥たちは、入っていった時よりも青みが増している。今日も全国各地の港でピカソ展が開かれていて、「青の時代」に鳥が群がる。私は極彩色の頭を洗うための雨を待つ。灰色の雨雲は遥か彼方の海上で一枚の絵画のように留まり続けている。
いろ‐どり【色鳥】
いろいろの小鳥。特に、秋に渡ってくる小鳥。《季 秋》「—はわが読む本にひるがへり/青邨」