「憧れの文芸部部長と流星群を見に行ったら両手両足を縛られた話」#シロクマ文芸部
※「中年同士が絡み合う話しか書かない文芸部部長シリーズ」第二弾です。
流れ星が次々と流れていく夜空を見上げながら僕は溜息をついた。
「どうして僕は両手両足を縛られて地面に転がされて、流星群を見上げてるんですか」
仰向けでも痛くないように配慮してか、手は後ろ手ではなく、身体の横に添えられている。養生テープをぐるぐると巻きつけられて。
「今書いている小説で、両手両足を縛られた中年男性が山中に放置されるのだけれど、たまたま流星群の夜だった、というシーンがあるんだ。不幸中の幸いというやつかな。そんな時に人はどんな表情をしてどんな感情を持つのかな、と確かめたくなったんだ」
同じ高校に通う、僕の所属する文芸部の部長でもあり、政界中枢にまで熱心な読者を持つ「中年男性同士の絡み合う小説しか書かない作家」でもある彼女は、「次の授業は自習になったんだって」程度のノリで気軽に僕に説明した。
夏休み中に部長に呼び出されるのは二回目だ。前回は花火大会でデート気分で浮かれていたら、人混みの中で手錠をかけられた。玩具ではなく、警察の使う本物の手錠をかけておきながら「鍵なくしちゃった」などと部長は言い、僕の慌てる様子を子細に観察して新作に活かした。そのシリーズの反響が良かったために、その後も本物の拳銃やら刑事事件の現場に立ち会うなどしているのだが、それは別の話。
「で、今どんな気分?」部長は流れ続ける流星群よりも、僕の顔を楽しそうに覗き込む。
「自分で蚊を潰せないのがつらいです。虫よけスプレー持ってます?」
ごめん忘れた、と言いながら、部長は僕の腕や顔や首筋にとりついた蚊をぺちぺちと叩き始めた。蚊を全く殺せていなくて、地味なダメージだけが僕に蓄積していく。ただただ部長に叩かれている、と自由律俳句みたいなフレーズが浮かぶ。それはそれで悪くはないなと思い始めている。
ふと思い当たる。
「部長はえげつない話ばかり書きながらも、虫を殺すのも苦手な優しい人なんじゃないですか?」
「そうだよ。だから私の書くものを君には読ませない。君が死ぬと実験ができなくなる」
「あなたの発言には安全地帯が一つもない」
部長は心の底を全て拾い上げるかのような勢いで、僕の顔を覗き込んできた。流星は部長の顔に隠れて一つも見えなくなっている。だけど僕はこのままでもいいかなと思ってしまっている。部長がもっと顔を近づけてくれれば唇と唇だって触れ合うこともできるのに。
「……」わざと小声で言ってみる。
「何て?」部長の小さくて柔らかそうな耳たぶが僕の口元に寄せられる。噛めば怒るかな。でも舐めたらもっと怒られそうだ。僕はほんの少しだけ首を起こして、部長の耳たぶを甘噛みしようとした。しかし触れる寸前で身を引かれた。
「なるほど。手足を縛られて流星群を見上げていると、人の耳を食べたくなるんだね」
しっかり僕の意図を見抜いていたようで、部長は手帳を広げて執筆モードに入った。そうなったら僕の言葉になど耳を貸さない。僕は貸してくれなくなった部長の耳を見つめながら、蚊に食われ続けた。彼女の元に蚊は寄り付かない。防虫スプレー持ってないなんてやっぱり嘘だったらしい。ぺちぺち叩きたいだけだったのだろう。
その出来事を元に書かれた部長の新作は、いつも通り中年同士が絡み合うハードな話ながら、何故か純愛ものと勘違いされ、一般的な読者の間でも広く読まれるようになった。またこの国が部長の異常な発想に浸食されてしまった。それでも彼女は僕にその作品を読むことを許可してくれない。
「だいぶ一般寄りに書いてあるけど、君だけが死ぬような一文を紛れ込ませてある」のだそうだ。
(了)
今週のシロクマ文芸部「流れ星」に参加しました。
流れ星、流星群、二人で見上げる夜空、縛られる男子生徒、それを観察する文芸部部長、という自然な発想の流れでした。TOP画像が作中の描写と細かい点で違いますが、良い雰囲気のものを選びました。