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焼肉よりも君にラブ
娘が生まれる前、私は妻とあることを誓い合いました。
それは、「我が家は子供ファーストにはしない」ということです。
家で流す音楽も、テレビ番組も、映画も、旅行先も、食べるものも、私たちが子供に合わせるのではなく、子供が私たちに合わせるような家庭にしようと決めたのです。
それが今やどうでしょう。
テレビのリモコン権は7才の娘が独占し、リビングでCDをかけようものならうるさいと一喝されて、見にいく映画は「すみっコぐらし」です。
さらに娘は極度の偏食なので、家でも一人だけ 特別メニュー。
必然的に外食に行けるところは限られてしまい、娘に了承を得なければ夕飯の献立すら決められない始末です。
「こんな家庭に誰がした」
それは言うまでもありません。
私たち夫婦がそうしたのです。
テレビを使っていつもYouTubeばかり見ている娘に私は言います。
「ねえ、自分のiPad持ってるんだからそっちで観てくれない」
すると娘はどこで覚えたのか、目も合わせずに「チッ」と舌打ちを返します。
私は娘のそんな姿を見るたびに、怒りと悲しみに苛まれ、いつもこの言葉が喉元まで込み上げてくるのです。
「女王様気取りもいい加減にしなさいよ」と。
その日、私と妻はどうしても焼肉が食べたい気分でした。
日々の仕事で疲弊していて自炊する気は全く起きず、かといって我が家の外食の定番である「サイゼリア」という気分でもありません。
「なんかさあ、もっとこう、元気の出るご馳走が食べたいんだよね」と、そんなありふれた会話から、どちらからともなく「よし今夜は焼肉に行こう」となったのです。
しかも好都合なことに、娘は最近ジジババに焼肉に連れて行ってもらったらしく、その美味しさと楽しさを覚えたばかりでした。
「また焼肉食べたいな」と独り言のように言っている娘の姿を、私たちは何度も目撃していたのです。
これは楽勝だな。きっと娘も「やったー、焼肉、やったー」と言って飛び跳ねて喜ぶに決まっている。
私たちはそう確信していました。
妻は言います。
「パパと一緒に焼肉行けるなんてきっと喜ぶよ」
私と妻は顔を見合わせて思わず目を細めるのでした。
小学校から帰ってきた娘に私たちはさっそく言います。
「今日の夜ご飯はみんなで焼肉に行こう」
すると娘は「えっ、なんで」と言って、キョトンと立ち尽くしていました。
私たちの頭の中には飛び跳ねて喜ぶ娘の姿がすでに出来上がっていたので、その娘の反応は意外なものでした。
私たちはもう一度言います。
「今日はパパもお休みだから、みんなで焼肉に行こうね」
すると娘は言いました。
「ヤダ、いきたくない。サイゼリヤがいい」
予想だにしていなかった答えに私があっけに取られていると、妻が思わず聞き返します。
「えっ、なんで、この前ジジババと行って焼肉美味しかったって言ってたじゃん。また行きたいって言ってたじゃん。
今日はパパも休みなんだよ。だからみんなで焼肉行こうよ」
しかし娘はサイゼリヤの一点張りです。
私と妻は声をそろえて言います。
「サイゼリアはもう飽きたよ。それにいつでも行けるんだから今日はみんなで焼肉に行こうよ。お願い、ねえ、お願い」
しかし頑固な娘は一歩も譲りませんでした。
100円ショップでおもちゃを買ってあげると言ってみても、帰りにアイスを買ってあげると言ってみても、奥の手をすべて出し切っても、娘は頑なに首を縦に振ってはくれませんでした。
それでもどうしても焼肉を諦めきれない私たちは、最後の手段として娘の情にすがりました。
「お願いします。私たちは日々の仕事で疲れきってしまっていて、今日焼肉を食べないともう元気がでないんです。だからどうか、今日だけは、今日だけは私たちの言うことを聞いてはくれないでしょうか」
すると娘は声を荒げて言いました。
「だから焼肉にはいかないって言ってるじゃん。私はパパとママと一緒にサイゼリアにいきたいの」
それからしばらくが経ち、夕方になると私たちは家を出ました。
妻は肩をガックリと落とし、とぼとぼと歩きながら「やきにく、やきにく」と呟いています。
その一方で娘はスキップをしながら、「やったー、サイゼリヤ、やったー」と喜んでいます。
我が家の"子供ファーストにはしない"というあの誓いは、一体どこへいってしまったのでしょうか。
サイゼリヤにいる間、娘は終始ご機嫌でした。
ドリンクバーでとってきたコーラを飲んではプハーッとやってみたり、キッズメニューの表紙に描かれた間違い探しをやってみたりととても楽しそうです。
私たちの頭の中にはまだ焼肉がチラついていましたが、娘のそんな楽しそうな姿を見ていると、また今度行けばよいかと思えてくるから不思議です。
娘はいつもと同じく、たらこスパゲッティを美味しそうに食べています。
ついこの間までは、口の周りをベチャベチャに汚しながら食べていたはずなのに、そこにはフォークを器用に使い、スパゲッティをクルクルと巻きつけて口に運ぶ娘の姿がありました。
「もう一回ジュースとってくるね」
そう言って当たり前のように一人でドリンクバーへ向かう後ろ姿に、私は娘の成長を感じずにはいられませんでした。
「わがままで生意気なところは全然変わらないけれど、やっぱり少しずつ成長しているんだな」
そう感慨に耽ってると、ジュースを取って戻ってきた娘が私のとなりにちょこんと座って言いました。
「パパ大好き。私パパと結婚する」
あまりにも唐突な告白に、私はうまい返しを思い浮かべることもできず、ただ照れ隠しのために笑ってその場をやり過ごしました。
白ワインを飲んでいたせいもあってか、心なしか顔が熱く感じます。
「こんな事を言ってくれるのも、あとちょっとかな」
そう思うとなんだか少し寂しくもありました。
私は相変わらずニコニコと楽しそうに食事をしている娘に言います。
「今度はみんなで焼肉にいこうね」
すると娘は意地悪そうに言いました。
「やーだよー」
私と妻はどちらともなく顔を見合わせて、そして、くすりと笑うのでした。
結局のところ私たちにとってのご馳走は、焼き肉ではなく娘の楽しそうな笑顔なのです。
たとえテレビのリモコン権を独占されたとしても、わがままを言われたとしても、舌打ちをされたとしても。
我が家の子供ファーストは、まだしばらく続きそうです。