私にとってX(旧Twitter)とは

X(旧Twitter)のアカウントが突然凍結されてから今日で1週間が経った。

先週の木曜日、朝起きていつも通りX(旧Twitter)を開き、夜のうちにきていたリプに返信をした途端、画面のど真ん中に
『このアカウントは凍結されました』
の文字が出た。

その時は意味がわからず頭が真っ白になったが、今は心がバキバキに折れ、目の前は真っ暗なままである。

約2年前、精神科の主治医の「とにかくつらい気持ちを心に溜めないこと。家族や友人でもいい、なんならSNSでもいい。とにかく吐き出せる場所を作ること」という言葉と、私のうつ病再発とともに書き込み始めたX(旧Twitter)。

私のうつ病闘病は、X(旧Twitter)での呟きが必要不可欠であったと言っても過言ではない。

もちろん楽しかった思い出だけではない。
よくわからない、検討違いのリプに翻弄されたり、傷ついたり、勝手に流れてくるポストを見ては悪い意味で心を揺さぶられたり。

でも、それでも私にとってはなくてはならない、必要な場所だったのだ。


この1週間、毎日抜け殻のようだ。

先日も書いたが、一方的に流れてくるポストに悪い意味で心が揺さぶられることがないのはプラスである。

しかし、やはり私にとってはマイナス面がはるかに大きい。

今の私の心は、闇と希死念慮で支配されている。
吐き出す場所を、居場所を一方的に奪われたからだ。

食べる量はあまり変わらないはずなのに、なぜか体重は1週間で1kgちょっと減った(これは正直言って嬉しい)。

それに、異議申立てを何度かしているのに、一向にX(旧Twitter)側から返信が来ないのが1番モヤモヤする。
これでは、きちんと私の異議申立てが届いているのかすら怪しく感じるし、ただでさえ事実無根で凍結されているのに、X(旧Twitter)に対して不信感すら覚える。

もうこれを機に辞めようと、気持ちを切り替えられればそれが1番いいことなのかもしれない。

でも、私の闘病には不可欠であったものを、はいそうですかとすぐに割り切れるわけもない。

仲良くしてくれていたフォロワーさん達は元気だろうか。
私のことは忘れられてしまっただろうか。
そんなことをふと思う。

所詮SNSの中だけの繋がりだとしても、私にとっては大切な繋がりだった。
たとえ一方通行だったとしても。

とにかく、この状況があとどれくらい続くのか。
数日?数週間?数ヶ月?数年?

まずは1日でも早く、X(旧Twitter)側からの反応がほしいものだ。
そしてアカウントの凍結解除を心から望む。