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RSGTでみんな牛の話をしていたので十牛図について勉強してみた

会場に着いたら、みんな牛の話をしていた

先日開催された「RSGT2020」の初日キーノートで、James Coplien氏が禅の「十牛図」について話していたらしい。私はキーノートの時間に間に合わなかったのだが、会場についたらみんな牛の話をしていて少々混乱した。それくらい印象深かったのだろう。

十牛図がなんだかよく知らないから勉強しようと思った

みなさんは十牛図をご存知だろうか。私は知らなかった。中国の宋の時代につくられた禅の入門書とのことだ。

キロさんのセッションでも十牛図は現れ、「言葉で伝えるのが難しい禅をわかりやすく伝えるのが十牛図。スクラムも言葉では伝えにくい」という説明があり、なんとなく腑に落ちた。

しかし、この日からずっとモヤモヤしていたのだ。十牛図ってなんだ。なんとなく雰囲気は掴んだが、雰囲気だけでわかった気になっていいのか。本質を掴まない状態で「あー牛ね。いま探してる段階だわー」などとメタファー活用してしまうと、それは何か違う気がする。

というわけで、十牛図の本を読んでみた。

なぜこの本を選んだか

調べてみるといくつか書籍が出ていたが、まずはこれを手にとった。新しいことを学ぶには、その道のプロの解釈を知っておくべきだというのが私の考えだ。そこで禅宗の尼僧が執筆したこちらを選んだ。

どんな本だったか

基本的には、もとの十牛図の漢文・漢詩が訳され解説が付与されているという構成だ。だが、そこに著者の実体験をもとにした例が添えられており、解釈の咀嚼に役立つ。たとえば忘牛存人、人牛倶忘、返本還源あたりの違いはなかなか判然としないのだが、そこに尼僧の実体験に基づいた解説が添えられていることでその段階の違いがおぼろげながらわかったような気がする。

十牛図を知って

こうして、ざっと「十牛図」というものを知る作業を通して感じたのは「確かにアジャイル/スクラムと十牛図には相通じるものがある」ということだ。

目指すべきところを定め、学び、その真髄のようなものに触れ、理解を深め、自らの基本的な行動規範として無意識化し、その学びを拡げていくー。

いや、アジャイル/スクラムに限らず、物事の本質であるような教えだと感じた。

しかしなんだって、アジャイル/スクラムの文脈でこの牛がフィーチャーされているのか?

この本にかかれていた、東洋の循環していく思想がアジャイルの考え方にマッチしているからなのかもしれない。最後の審判へ向かって一直線というウォーターフォールなキリスト教的思想よりも、循環の中で行動をよくし、徳を積み、悟っていくこと。さらに一度悟ったら終わりではなくその悟り自体をアップデートしていくこと。そういった考えは、実にアジャイル的だ。

そう、通読することで十牛図のみならず東洋思想という広い範囲でアジャイルとの共通項を見出すことができた。自分自身の中で、なぜ十牛図?という疑問への咀嚼もできた。今後も、自分にとって未知の領域が現れた場合は、とりあえず追いかけてみよう。それが自分にとっての牛なのかもしれないし。

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