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vol.152/ Pay it forward思考が世界を変える

先日、妹がこんな話をしていた。

会社の先輩がご飯に誘ってくれたそうでたくさんたくさんご馳走になってしまった。自分の分のお金を渡したのだが受け取ってくれない、その人に何かお返しがしたいのだと。

これを聞いた私は自然とこんな話をしていた。

その人がしてくれたことをそのまま受け取ってあげたら良いよ。ありがとう、感謝します、で良いと思う。そしてその恩をまた別の誰か、例えば自分の後輩だって良いし、友達だって良い、へ与えてあげることが大切だったりして!?

って。
どこにでもある姉妹の会話。
続けて妹は、なんて素敵な世界♡と目を輝かせて言った。



私も以前妹と同じ考えの持ち主で、(私の場合)それはどこか相手に借りがあるみたいなネガティブなイメージを自分に植え付けてしまった結果、相手に借りを作りたくない、みたいなよりネガティブなイメージを植え付けることになった。今思えばなんだその借りってやつは、と思えるのだが、こういった思考は小さい頃からの積み重ねで出来上がるんだろうとも思える。そしてこの勝手な貸し借りみたいな思考でいると、

借りたからすぐ返さなければ

貸す(自分が率先して)より、
借りる(相手からもらう)ことが先でしかなくなる

借りることへの罪悪感だったり、いつまでも与えるという思考でなく、
貸し借りの思考でいることになる。

これが結構呪縛みたいになって、
どんどん優しさが欠けていく気がした。



これはあくまでクソみたいな思考だから別として、上記の妹の言葉はとっても愛に溢れていて素晴らしいのだ。
だが別の思考、アクションだってある。
その人へのお返しに留まらず、もっと広い視点で幸せを届けることにつなげるには?なんて思考になれたら、もっと世界が豊かになるんじゃないかって。何が言いたいのかまとまらなくなってきたが、要は返すとかじゃなくって、循環させていくことが大切なんじゃないかって姉の私は思うのだ。



そしてそれをペイフォワード(Pay it forward)という。



ペイフォワード(Pay it forward)とは、自分が受けた善意を他の誰かに渡すことで、善意をその先につないでいくこと。直訳すると「先に払う」という意味。善意を与えてくれた本人に恩を返す代わりに、他の誰かに(先に)善意を送ることから、日本では「恩送り」とも言われている。

中略

恩返しは、誰かから優しさや助けを受けた時、相手に対してお返しをする一対一の関係だ。一方でペイフォワード(恩送り)は、他の人に優しさや助けを送る行為だ。そのため、善意の行為が、地理や時間軸を越えて無限に広がっていく可能性がある。社会全体をより善くする可能性があるのだ。

例えば、親、教師、上司など、若い頃にお世話になったものの、恩返しをできるようになるには時間がかかってしまう場合。自分が成長した際に、自分が受けた恩と同じような支援を他の若者に送る
旅行先で道に迷ってしまったり、言語の壁からコミュニケーションに困ってしまったりした時に見知らぬ人に助けてもらうなど、本人に直接恩返しをするのが難しい場合。同じような境遇で困っている人を見かけたら、自分が助けてもらったのと同じように誰かを助ける


といった行為がペイフォワードの一例だ。

IDEAL FOR GOOD 社会をもっとよくする世界のアイデアマガジン


そうそう、これが言いたかった笑
日本語ではこれを恩送りと訳すらしい、なるほど確かに。
ここで先週に引き続き、はてさて案件。

私はいつから貸し借り志向から恩送り思考へと切り替わったのだろう。



こればっかりははっきりとした時期が自分ではわからない。ただわかるのはどう考えても私の周りも、そして自分もハッピーな人が多くなったということ。抽象的だが簡単に言えば、悪口や人を陥れるような人は1人も周りにいないし、みんなみんな自慢の家族や友人しかいない。これを私はハッピーな人と言っている。(間違えてはいない)ただそんなみんなだって大変なこともあるし、辛いこともある。なのにハッピーな人なのは、この循環が自然とできている人たちばかりだからだと私は勝手に解釈している。

ペイフォワード思考、恐るべしだ。



恩送り、というと私はちょっととっつきにくい印象が正直ある。
だからここは循環させる、という意味合いで今日から早速アクションできることが誰しもきっとあるはず。そしたらいつの間にか自分の周りにはハッピーな人しかいなくなっているはずで、そんな自分自身も間違いなくハッピーな人なのだ。






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