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選挙カーから名前を連呼するの、プロパガンダに指定したい

2021年7月4日、東京都都議会議員選挙の投票日だった。

僕は練馬区に住んでいる。投票日までの長い期間、演説の嵐。人流が多い場所に、毎日違う人が演説をしてたりビラを配ったりしていた。

このような街中での選挙活動は理解しているつもり。候補者の権利だ。
でも、選挙活動は駅前や交差点だけじゃない。

平日・土日、在宅勤務中・授業中問わず、選挙カーを走らせながら「●●(候補者名)でございます」と喚き散らす。顔写真や無意味なキャッチコピー入りのポスターが、街中に貼られる。

僕はこれらの行為を「プロパガンダ」に指定したい。

(1)プロパガンダって何?

プロパガンダ(propaganda)とは、特定の思想によって個人や集団に影響を与え、その行動を意図した方向へ仕向けようとする宣伝活動の総称です。特に、政治的意図をもつ宣伝活動をさすことが多いですが、ある決まった考えや思想・主義あるいは宗教的教義などを、一方的に喧伝(けんでん)するようなものや、刷り込もうとするような宣伝活動などをさします。要するに情報による大衆操作・世論喚起と考えてよく、国際情報化社会においては必然的にあらわれるものです。今日その方法は、必ずしも押しつけがましいものではなくなり、戦略化し巧妙なものとなってきています。

※引用元:三省堂 辞書ウェブ編集部による ことばの壺

プロパガンダとは、政治活動における刷り込み行為のことを指す。ポイントは「一方的」という点。以前の国政選挙時は、自民党やら民主党やらがCMで何やらかんやら言ってた。これも一方的なコミュニケーション。

(2)選挙カー演説はプロパガンダなのか?

演説そのものはプロパガンダではない。決められた期日の間、その候補者が場所利用を事前申請し、決められた時間だけ演説する。合法的だ。

人々は興味があればその演説を立ち止まって聞く。歩きながら耳を傾ける人も多いだろう。ある程度うるせーなと思うタイミングはあるが、聞くか聞かないか、耳を傾けるか否かは、人々自身が選択できる。自由的だ。

問題は下記2つの行為。

・候補者名を連呼しながら、選挙カーを公道で走らせる

・掲示板以外で候補者ポスターを貼る

これらについは、プロパガンダに指定すべきだ。

(3)何故そう思うか

候補者選びに際して、親近感ではなく、人格・思想で選びたいと考えるから。というか、それが選挙の本質だから。

今回の都議会議員選挙、僕は練馬区の投票者だった。僕は共産党に投票した。では、僕はどうやって投票対象者を決めたか?

その方法は、「候補者アンケート」というNHKのWEBサイトの閲覧だ。

▼NHK 都議選2021 候補者アンケート
https://www.nhk.or.jp/senkyo/database/togisen/2021/survey/

各選挙区の候補者全員に、同じ質問を投げかけている。このページを見ることで、「各候補者がどのような思想を抱いているか」を知れる。しかも質問事項に対して、Yes/Noの二項対立ではなく、5段階(非常にそう思う~全くそう思わない)で回答されている。これが非常に分かりやすい。

例えば僕の場合、下記のような人に投票したい、という結論に至った。

・東京五輪を中止または延期を支持
・同性パートナーシップ制度に賛成
・選択的夫婦別姓の制度に賛成
・ふるさと納税制度に反対

候補者アンケートを見ていると、もともと問題視していた思想項目だけでなく、あまり考えたことがなかった思想項目を知ることも出来た。

(4)何を根拠に投票するか?

「知ってる名前だから」「知り合いだから」「ステークホルダーだから」、まさかそんな理由で投票する人は居ないでしょう?
…え、居るの?

くだらない。

もしそんな考えで投票する人が居るならば、考え直してほしい。

でも、そんな愚かな行動を助長するアクションが存在する。それが↓だ。

・候補者名を連呼しながら、選挙カーを公道で走らせる行為
・掲示板以外で候補者ポスターを貼る行為

まず迷惑。日中やら日暮ごろやらに拡声器越しの名前を聞きたい人が居るのか?YOASOBIの歌だとしても聞きたくない。
加えて、この情報過多な社会において、余計な情報(候補者名・顔写真・党名・キャッチコピー)をオフラインでも見せつけられて、誰が得をするのか。もしかしたら、候補者本人も嫌々やってるのかもね。

仮に「知ってる名前だから」「知り合いだから」「ステークホルダーだから」という理由で投票する思考回路がこの世に存在しない、としよう。
あなたは、どんな方法で候補者を選ぶ?

(5)根本的な思想問題

「親近感を根拠に投票する人」がなぜ存在するのか?

「人気そうだから」という理由は一理ある。しかしそれが主要因ならまだ深堀りできる。「なぜ人気が出るのか」と。よって主要因ではない。

主観的には、「努力を評価する思想のまん延」が主要因だと考える。

例えば…

・24時間テレビで芸能人がマラソン完走。障害者が夢を達成。視聴者は、彼らの努力過程の映像を観ていたから感動する

・HIKAKIN的なYoutuberが、歌のリリース等のジャンル外に挑戦する。Youtuberはその努力過程をYoutubeにアップロードし、いかに大変だったかを視聴者に伝える。視聴者はその努力の大変さに共感し、チャンネル登録する

このようなプロセス評価が花開くシーンは、上記以外にも様々ある。

プロセス評価そのものの良し悪しは置いておく。少なくとも現状の選挙システムにおいては相応しくない。だって人当たりの良い公約を掲げて、その公約を実現できなくても政治家で居続ける先生方が五万といる。おかしい。

プロセス評価が社会に蔓延している影響で、なぜか選挙までその流れに乗っかっている。そしてそれに気付かずに、「なんとなく投票」や「投票に行かない」という行動を起こす人が多くなる(投票率低下は事実)。

(6)誰が為の選挙カー

けっきょく「自分が選挙通ればそれで良い」と内心思う候補者がほとんどいうこと。
少なくとも投票者の一人である僕はそう思ってしまう。

プロパガンダって、けっこう身近に、まだ日本に、密かに存在している。

(7)おすすめ映画

この感覚を知るのに最適な映画が「帰ってきたヒトラー」だ。
笑えて、同情して、最後にゾッとする
僕が好きな映画ランキングTOP10に入る。

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