見出し画像

中平卓馬 火―氾濫

東京国立近代美術館の「中平卓馬 火―氾濫」展を観た。
ずっと興味はあったけれど、展示という形に巡り会えたのは今回がはじめてだった。
中平の作品と思考の変遷が、多くの写真とテクストで丁寧に紹介されている印象だった。急性アルコール中毒による昏倒から再起に向かう1978年の、文面から不安が滲み出る日記も展示されていた。

それにしても、なぜ植物図鑑なのか。以下は、はじめて「植物図鑑」というタイトルの写真が掲載された際の文章から引用。

植物図鑑である。ここには植物図鑑を越える一切の〈深層の意味〉はない。これらいくつかの断片的映像の暗示するものは、一本の夜の中の樹々、葉のむらがり、あるいは初夏の海辺に燃えひろがった火の回りの茂みであり、トンネル内の濡れた壁面にわずかに、しかし次第に密生し始めようとする蘚苔類であり、ついには洋食店のショーウインドーに〈捕獲された〉キャベツの群れである。
もっともこの中には、ふとまぎれ込んだ映画『俺たちに明日はない』におけるフェイ・ダナウェイの仮想の射殺死体の映像がある。植物ならぬ動物は霊長目ヒト科の雌には違いないが、フェイ・ダナウェイはFBIの機銃掃射によって蜂の巣のようになって殺されたわけではなく、その死をスクリーンの上に仮に認めたにすぎないのであって、ぼくらにとっては、まぎれもなく植物性の死である。
いつのころからか、ぼくは植物の繁茂に恐怖に近い感情を抱くようになった。理由は定かではない。だがそれは明確に生物でありながらも、ぼくの精一杯の親密感をもってしても、それはついにぼく個人によって所有されることのない、いわば人間化を拒みつづける奇怪な生きものであるという一事に起因しているようだ。なるほど、植物には樹液=血液、葉脈=動脈という類縁、一瞬ぼくの心を安堵させるなにかしら人間的なものがある。だがそれも現実の一枚の木の葉の出現、その輝く「防水性の外皮」の拒絶に出会い、片時の盲想に変貌してしまう。こうなってしまうとなにがしかの類縁は仇となる。類縁はむしろ逆にぼくの恐怖を増大させる。それならばいっそのこと鉱物の冷たい輝きの中のほうが、はるかに居心地がいいにきまっている。
いいわけは次第に語呂合せに近くなり、なんでもないただの植物図鑑は次第に深層心理学の迷宮をのみ込みはじめる。そうなったらもとのもくあみ、カエサルのものはカエサルへ、物のものは物へ、そして植物図鑑は植物図鑑へかえさなくてはならぬ。
〈木にもしも言葉があるとするならば、木は木であるといっているにすぎないのだ〉

もうひとつの国(3):植物図鑑
『朝日ジャーナル』1971年8月20/27日合併号、朝日新聞社

写真単体で見ても魅力的。2000年代に八戸で記録された映像のご本人の映像を見る限り、ただの写真付きのおじいちゃんにしか見えなかった(笑)。
展示は2024年4月7日まで。
https://www.momat.go.jp/exhibitions/556

《サーキュレーション—日付、場所、行為》1971年(2012年にプリント)
《サーキュレーション—日付、場所、行為》【シカゴ美術館での再現展示(2017年)の際のプリント】1971年(2016年にプリント)
《氾濫》【「15人の写真家」(1974年)出品作、48点組】1974年
《氾濫》【2018年のモダンプリント、48点組】1974年(2018年にプリント)
《デカラージュ》【ADDA画廊(フランス、マルセイユ)での展覧会(1976年)出品作、18点組】1976年
《奄美》【本展のためのプリント、6点】1975年(2023年にプリント)
《キリカエ》【「キリカエ」展(2011年)出品作、64点】2011年
《キリカエ》【「キリカエ」展(2011年)出品作、64点】2011年
《無題(沖縄)》【本展のためのプリント、2点】2009-2011年(2023年にプリント)
「もうひとつの国(3):植物図鑑」
『朝日ジャーナル』1971年8月20/27日合併号、朝日新聞社
『なぜ、植物図鑑か 中平卓馬映像論集』1973年、晶文社

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?