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【怖い話】 地下室はなかった 【「禍話」リライト掌編⑭】

 確かめない方がよいこともある。

 友達同士で集まっていた時、子供の頃によくかかった医者の話になった。
 このあたりの大体の子が、病気やケガとなると同じ病院に行っていた。
 そのままそこが「かかりつけ医」になった人もいる。
 大きくも広くもないが2階建てで、入院用の病室もあったはずだ。「総合病院」というヤツだったかもしれない。

「割と広い病院だった気がするけど」
「そうか? 子供だから広く感じたんじゃね?」 「ボロかったな、あそこ」
「廊下を走ったら叱られたっけ」
「太った婦長さんでしょ? いたいた」
「でも院長は痩せたおじいちゃんでさぁ」

 思い出話が次々と出てくる。
 そんな中、妙なことを言う奴がいた。

「けどあそこの病院、地下室は不気味だったよな」
「地下室?」
「ほら、廊下の切れ目に階段があったろ。少し降りてみたら暗くて、湿っててさ。あれって霊安室に続いてたのかなぁ」

「階段の下まで行ってみた奴、いるか?」
 と聞かれたが、自分を含む他の連中は揃って首をかしげた。
 地下室どころか、地下へと向かう階段を見た記憶すらない。

「いやぁ。あそこは2階があるだけで、地下なんてなかったよ」
「オレ骨折してちょっと入院したことがあってヒマだから病院中歩いたけど、地下への階段なんて全然なかったぜ」
「えぇ~? ウッソだぁ~」

 地下室があると言い出した奴は信じられないといった顔になる。

「廊下を曲がった所にあったじゃんかぁ。トイレに行くついでに見える位置にあったって。見てないわけないよォ」
「いやいや、そんなのなかったってば」
「あった、つってんじゃんかよ」
「ねぇ、つってんだよ」

 双方、一歩も引かない。
 その日の議論はとりあえず棚上げとなって、各自で友人や知人、家族にも聞いて回ることにした。
 すると。

 なかった 対 あった 
 が、
 7 対 3 
 くらいで割れた。

 ひとりふたりなら勘違いということもあろう。
 しかし10人近い人が「下まで行きはしなかったけど、確かに地下への階段はあった」と証言する。

 どうもおかしなことになってきた。

「あそこの病院、しばらく前にヨソの土地に移転したんだって」
 そんな情報を仕入れてきた者がいた。
 大きな市立病院が完成してからはあちらには行っていなかったし、「移転したらしい」との話も以前うっすら聞いた、ような気がする。
「で、移転はしたけど、元の建物は丸々残ってるらしいんだよな──」

 百聞は一見に如かず。
 なので、行ってみた。

 昼に出向いたという。
 外観も屋内もボロボロになっていた。
「ここ何年前に越したって?」
「えっと、5年、だっけかなぁ」
 5年のさびれ方ではない。おそらく移転前から満足な手入れや修繕をしなかったのだろう。
 建物に入ると道具も棚も、機材一切がない。書類や手紙の一片もない。
 部屋のすべてががらんと空虚だった。
 
「地下室はあった」派の友達に先導されて、壁紙が剥がれたり床が割れたりしている建物を行く。
 怖いと言うより、ひどく寒々しい。

「ここを曲がってさ。で、こっちにポコッとへこんでいる箇所が。あっ。ホラ、ここ」

 確かに壁が途切れていて、地下への階段が伸びていそうな狭い空間があった。
 みんなで並んで、その空間の前に立った。

 降りていけそうな階段の、痕跡はあった。

 コンクリートがいっぱいに流し込まれている。
 完全に埋められていた。

 埋めきった灰色の表面には白く大きく「 X 」が描いてある。チョークで記したものだった。
 白い線は真新しい。
 昨日、おととい── 7日とは経っていない綺麗さだ。

 さらによく見ると、新しい「 X 」の下に、かすれた「 X 」がある。いくつもいくつも描いてある。
「あっ。ほら、これ」
 声を上げた奴が床を指さす。
 廊下の壁の下に、白いチョークが置いてあった。数回しか使われていないような減り方をしていた。

 つまり。

 ここを引き払う時、わざわざコンクリートを大量に流し込んで、地下室を封印している。

 他の部屋は荷物や棚などを出しただけなのに、ここだけ完全に埋めてしまっている。

 そして定期的に誰かが来て、フタのようになったコンクリの床に「 X 」を記している。

 たぶん、この5年間、ずっと。


 なるほど。
 これは、ヤバいやつだな。


 みんな無言になって病院跡を出た。

「あの病院に地下室はなかった」
 そういうことになった。


 地下に何があったのか。
 気になりはするし、病院で働いていた人を探せばわかるのだろうが──
 尋ねたり調べたりなどは一切、していないそうである。


 
 
 

【完】

 

☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」、
 禍話フロムビヨンド 第19夜
より、編集・再構成してお送りしました。


★禍話についての情報は、リスナーのあるまさんに作っていただき、現在は聞き手の加藤よしきさんに引き継がれた「禍話wiki」をご覧ください。
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