『赤き死の仮面』を読む。
『赤き死の仮面』はエドガー・アラン・ポーの短編小説である。
ポーは誰もが認める天才作家であるが、その功績をまずは再確認したい。
ポーの功績は大きく分けると3つある。①怪奇幻想小説(ゴシックロマンス)の継承者、②本格探偵小説(ミステリー)の創始者、③空想科学小説(サイエンスフィクション=SF)の開発者、の3つである。1809年に誕生したポーは、現代小説の礎を築いた偉大な作家である。
本書の解説で、翻訳者である巽孝之氏は以下の様に評している。
かくして彼は自身の考える短編小説の三大条件「効果」「統一」「多様」を最も理想的な水準で実現してしまった。この達成がなければ、現代作家スティーブン・キング一九七七年の原作小説を映画監督スタンリー・キューブリックが一九八〇年に視覚化した『シャイニング』も、ヴァージニア州に建つ不可思議な旧家を描く新鋭作家マーク・Z・ダニエレブスキーの実験小説『紙葉の家』も、決してありえなかっただろう。
日本でも、彼自身が高名な作家である江戸川乱歩がエドガー・アラン・ポーをもじっている様に、その影響は多岐に及ぶ。
さて、今回はポーの小説から『赤きの死の仮面』に着目するわけだが、大きな理由としてその存在が忘れ去れつつあるように感じたことが挙げられる。僕は、この小説は今年に注目を浴びなければならなかった思う。なぜなら、『赤き死の仮面』のテーマは感染症だからである。
covit-19パンデミックによるロックダウン時に再認識された小説と言えば、カミュの『ペスト』だろう。
『ペスト』が素晴らしい小説であることは間違いないのだが、この小説の主題はタイトルの通り「黒死病(ペスト)」である。黒死病は実際に中世のヨーロッパなどで猛威を振るったリアリスティックな疫病である。つまり、小説のアプローチとしては、歴史的事象を現代(執筆当時)に当てはめる、というスタンスである。
それに対し、『赤き死の仮面』(The Masque of the Red Death)では、黒死病(The Black Death)を踏まえた上で、未知の疫病と対峙するという構図になっている。構造としては、『ペスト』より『赤き死の仮面』の方が世相を射ているのである。
もちろん、ロックダウンが大きなテーマとなっている『ペスト』と現実を重ねることを否定している訳ではなく、『ペスト』と並んで『赤き死の仮面』が紹介されて然るべきではなかっただろうか、と言いたいのだ。本屋の〈感染症関連コーナー〉に、ポーの小説が陳列されているところを僕はまだ見ていない。多くの文豪達が敬意を払う天才の小説が、このように忘れ始められることに危機感を覚えている。