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あいたい、こわい、いきたい、ムリだ、を繰り返して

引きこもり不登校時代を経て、引きこもらない不登校時代に突入し、高校、大学、仕事、ステップアップを積んできた現在、結婚を機に再び引きこもり生活を送っている。もちろん、不登校の頃とは違って絶望したり落ち込みが続いたり外出しないわけではなかったりだけど、心身の不調に悩まされて無力感を味わっている毎日だ。それでも、以前のように絶望しないのは、挫折や立ち止まる景色が初めてではないからということと、完全に一人ではないことを知っており、こういった生きづらさと共にある人が私以外にたくさんいることを知っているからである。もがきながら、うめきながら、泣きながら、怒りながら、疲弊しながら、祈りながら、どうにか生きてる人がいることを知っている。そして、そのまま見守ってくれる存在がいることも。

そんな私には、一つ、ちょっと前からやりたいと思ってることがある。そのことを考え出してから、日に日に想いが強くなっている。それは、さまざまな理由で、学校や家庭に居場所を見出せずにいる子どもたちの居場所を提供したいということ。以前までは漠然とそのビジョンがあったのだけど、今はちょっと変わった方法で具体的に進めてみようかと思っている。その方法とは、ネットを介したラジオ番組で、オンラインでどこからでも誰でも繋がれる、というもの。もちろん、ネット環境のない子も多く、全ての子に対してとは言えないが…難しさを考えつつも「ラジオ」を選んだのには理由が幾つかある。

人は悩みや苦しみを抱える時、または挫折やいわゆる「道を外す」と言われるような状態になった時、この世でたった一人自分だけがこの酷い最中にある、誰も分からない、誰にも届かないところに自分だけが取り残されてて孤独だと感じる、そんな風に思う場合が少なくないのではないだろうか。私自身、今でもそのような闇にのまれて、どうしようもなく消えたいような気持ちになる事があるし、相談に訪れた子どもたちのほとんどが、多かれ少なかれそのような思いを抱えており、一つの動きをする度に重たい足を身体を引きずっているかのようだった。

「もう二度と誰とも関わりたくない」そうつぶやきながら、重い身体を引きずって、なぜ相談所のドアを開いたのか?様々な痛みを抱えて、自分にも他者にも絶望してる彼らがなぜ?個人面談の期間を経て、不登校の子どもたちが集まる教室へと繋がるとき、「やっぱりこわい」と立ちすくみながらも、震えながらも教室の入り口に一歩踏み出せたのはなぜか?誰かの100歩以上の価値があるその重たい一歩は、その子自身の閉じこもってた殻が破れる瞬間を表しているようだった。

「居場所」と「集まる」ことにこだわった理由の一つ目は、本人自身も意識していないところで、「誰かに会いたい」と強く強く望んでいることが分かったから。私が関わってきた子どもたちの多くがそうだった。そう断言できるのは、その後の本人の表情や声色が手にとるように明るく変化していくことが多かったからである。個人面談の時期があり、そこに満足したら自ずと同世代との関わりを求めるようになっていき、同世代との関わり合いのなかでは、個人面談で到底味わえない様々な体験から伸び伸びと、生き生きと、めまぐるしく変化して羽ばたいていった子がほとんどだった。グループカウンセリング的な要素があるのだろうか、言葉にせずとも、時には言葉にもしながら、お互いの痛みを感じ合える仲間がいる…そう発見できた瞬間から、誰もが想像し得なかったほどのエネルギーに溢れていたことを目の当たりにしたからである。私はそんな彼らから、どんなに傷ついても人は人と繋がりたいんだなぁ、そしてそれらがまた生きる原動力になるのだと、ただただ実感させられたのである。

集まることに加え、「ラジオ」にこだわった理由は、ある生徒がきっかけである。彼は長い間引きこもり生活を続けており、様々な葛藤やきっかけを機に自ら相談所の門をくぐる決意をするのだが、後になって、引きこもっていた間の過ごし方について聞かせてくれたことがあった。彼は一人ぼっちだと感じて過ごしていたある日、一つのラジオ番組に出会った。その番組は、「学校」をテーマにしたものであり、様々な生徒たちの悩みや挑戦を取り上げて、パーソナリティを筆頭に、リスナーも含めてみんなで共有したり考えたりするような番組だった。彼は堂々とした表情ではっきりとこう言った「僕はずっとラジオに登校してたんだ!」と(ちなみに、投稿はしてないとのこと)。

一つ目の理由も二つ目の理由も、それぞれがどのような立場でそこにいるのか、どのような悩みを抱えているのか、知っただけで「自分は一人じゃない」と思えるような気がした。世界中で一人だけだと思って抱えていた悩みは、同じように抱えている人が実は少なくないんだということ、そのことを知った時、孤独感は和らぐのかもしれない。引きこもった状態でも、自分の居場所があって、仲間だと思える人たちがいて、自分から発信しなくとも通じ合える空間が、彼の中に確かにあったのだ。人の悩みを聞いて自分が癒される。それは自分自身にも似たような悩みや経験があるから。怖いこともでもあるし、慎重に扱わなきゃならないけど、開示することの重さや大きさを考えさせられた。遠い知らない誰かでも自分と照らし合わせながら、想像する。だからみんな物語や歌や映画や本などに惹かれるのかもしれない。求めるのかもしれない。そう考えてみると、どんな人や状況や環境であれ、根っこはほとんど変わらないのかもしれない。

多様化し様々な世界が広がっている現代でも、子どもたちには、大人と比べ選択肢が格段に少ないと感じている。未だに学校が全てだという風潮があり、部活も塾も習い事も、行く意味や利益を求められ、それらが息苦しさ生きづらさ、様々な苦しみを生んでいると感じている。いろんな子や、いろんな段階や、できるできないを認めるならば、いろんな選択肢があってもいいし、全ての子に意味のない余白があってもいい。疲れて余白を求めてもそれが許されず、居場所を失うこともあるのではないだろうか。息の詰まるような生活に、少し、息継ぎをするような、何にも意味がない雑談でもなんとなく心地よいと思える空間がそこにあったら…そう願って、余白みたいな場所を作りたいと思っている。未だ生きづらさを抱えながら大人になって思うことは、そういった余白や居場所や好きなことは多いほど良い!ということ。勤めてた時にある教員が「学校が居場所であるべき」と言っていたけれど、居場所は一つじゃなくていいんだよ。学生は子どもは、家庭に学校に居場所がある「べき」ことなんてない。「べき」を無理矢理やるのではなく、その時々の自分に合った時間の過ごし方を見つけ選ぶこと、そうできるために自分の声に耳を傾けてきいてあげることが、少なくとも私自身にとってはとても大切なことだった。

どこかの誰かのそのきっかけや、空間の一つにでもなれたら…と祈りつつ、ゆっくりでも少しずつ、進めていこう。

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