第四液
夢ならば醒めて
やわらかな愛いやつ
それに何度救われたことだろう
些細なミスでも積み重なっていくと、それなりにしんどいものになっていく
やっとの思いで課長に認められた企画のプレゼンが、午後に控えているというのに
はじめてのことで準備に手間取っているだけでなく、思う以上の緊張や不安で、3日間ほどまともに寝れていないのも、ミスの引き鉄となっていた
私の名前は「梅子(うめこ)」という
大好きだった祖母がつけてくれた
母は私を産むとすぐに他界してしまい、ひとり残され消沈する父に代わり育ててくれた
名前の由来は、ちょうど生まれた頃、庭の梅がほどよく咲いていたから
「梅」であるとか「子」であるとか、古風であることを許してくれと、ことあるごとに言う
でも私は、梅子であることを気に入っていた
最近のやたらときらきらとした名前よりも、いくらもマシだわ、と
だからこそ余計に腹が立つのだ
「ウメ子なのに、うまくないね」
言い方は違えども、これに似通ったことを言われるたびに辟易とした
そして、やるせなくなるのだ。そんなことを言われてしまう、きっかけをつくってしまう自分に、自分の不甲斐なさに
仕方がない、相手は、私の名前への思い入れなど知らないのだから
度重なるミスで、ついさっきも言われてしまったばかりだった
もう帰りたい。こういうときは、ひとり暮らしの狭い部屋が逆にありがたく、ときに愛おしくすらある
それでも私には、帰らなくても立ち直ることができる秘策があるの
立ち上がり、いつもの場所へ向かう
やっと、やつに会える
喫煙でもなく、かつ人目につきにくいところは中々ない
私の場合、それは非常階段の踊り場だった。冬は少し寒いが、僅かな時間のことだ
別に人目についても問題はないと思う
でも、外の空気を吸うことでリフレッシュする、気持ちを切り替える儀式でもあるのだ
無事、踊り場に着いた。階段で転びでもしたら、本当にうまくない。それこそ立ち直れない。しっかりしなくては
さて、愛いヤツよ・・・
ない、ない、ないないないない。。。
もうプレゼンまで時間がないというのに
すべてが暗転した
よろけずに階段を戻るのがやっとだった
なんとかデスクに戻れた
座ろうと椅子に手をかけたところで、それに気がついた
デスクの上
あゝ、あゝ、
やわらかな愛いやつ
でも、パッケージが開いていない。新しい。私のではない
「マシュマロ、プレゼントです。プレゼン前にプレゼント、なんちゃって。なんか元気なさそうだったんで」
いつのまにか隣に高木がいた
そして、それはちゃんと私がいつも買っているマシュマロだった
なんだろう、言葉がでない
高木は、なにかとうまくない私を、いつも気にかけてくれる2つ下の同僚
今回のプレゼンも彼の助けがなかったらここまで来れなかった
ありがとう、ありがとう
「いつもありがとう」
微かな声だった。聴こえただろうか
愛いやつがあるというだけで、一気に視野がひらけた気がしたが、なんだか目の前は曇ったままだ
こらえろ、私
いま泣いたら変に思われる
ふと今日はご褒美に、焼いて食べようと思った
「こんがりと焼いてやんよ」
「ん?なんか言いました?」
「なんでもない」
家に帰る楽しみが増えたところで、いつのまにかプレゼンの時間になっていた
ーーー
マシュマロの焼ける甘い匂い
そして、焦げた臭い
焦げた。。。
いつも暖かに私を包んでくれる小さなコタツが、外が真っ暗なせいで鏡のようになった窓ガラスにうつっていた
まるで真っ赤に燃えるマシュマロのよう
なんだかいつまでも眺めていたくなってしまった
今液はこれにて