長時間フレンチプレスはなぜ美味しいのか?【レシピの裏側】
先日投稿した長時間フレンチプレスの淹れ方という記事。
コーヒー専門店の下手なハンドドリップよりも素晴らしいコーヒーができます。
それはなぜか?抽出レシピの背景を含め説明してます。
淹れ方の手順の意味
1. 挽き目の理由
フレンチプレスでは、一般的にペーパードリップよりも粗い挽き目が推奨されることが多いですが、この長時間抽出法においては、ペーパードリップと同様の挽き目を使っても問題ありません。むしろ、少し細かくした方が好ましい場合すらあります。
粗挽きが推奨される理由は、グラインド時に発生する微粉が抽出液に混入しやすく、その影響を避けるためです。しかし、粗挽きにすることで表面積が不足し、十分な抽出が行われず、結果としてアフターテイストが短く、甘さが弱く、酸味が際立つ平坦な味わいになりがちです。
フレンチプレスのように抽出がゆっくりと進行する場合、ペーパードリップと同じか、場合によってはそれ以上に細かく挽くことが求められます。これにより、コーヒー本来の甘さや複雑さを引き出すことができます。
極端に粗く挽きすぎると、液体と接触しない細胞壁部分が多くなり、収量が低下します。これではフレンチプレスの特徴的な抽出方法と矛盾してしまいます。
私個人としては、カッピングメッシュの使用を推奨しています。多くのロースターが品質管理の一環としてカッピングを行っているでしょう。カッピングで美味しくなるような焙煎をしているわけです。そのカッピングメッシュで抽出することは、美味しさを引き出すための近道であると考えています。
コーヒーの抽出は表面積の影響を大きく受けます。コーヒーの粉の内部には水に触れず乾いた細胞壁が存在してしまいます。それは実際にコーヒー抽出に用いられている粉の重量は、抽出に使用したコーヒーの粉の重量よりもはるかに小さいことを示しています。グラインドメッシュが細かければ未使用の細胞壁の数は少なくなり、対象に粗ければ未使用の細胞壁の数は多くなってしまいます。表面積量が異なることはこのようなことからも味が大きく変えてしまいます。
Barista Hustleのyoutubeにこれについての動画がありますね。
お使いの豆のロースターがカッピングで品質検査をしているのであれば、その表面積に近づけることは良い手立てだと思います。
2. お湯の温度がある程度曖昧で良い理由
フレンチプレスの大きな利点は、細かな温度管理にあまり気を使わなくて済む点です。ペーパードリップでは、抽出時間が約3分と短く、その間に粉の温度が急速に低下しづらい特徴があります。さらに、新しいお湯が都度供給されるため、粉の温度は安定しやすく、抽出中の温度変動も抑えられます。このため、ペーパードリップは温度範囲が非常に狭く、1℃の誤差でも味わいに大きな影響を与えることがあります。
一方、フレンチプレスでは抽出時間が長いため、温度の変動幅が広くなり、1℃の誤差が与える影響はペーパードリップに比べてかなり少ないと考えられます。温度管理にそれほど神経を使う必要がなく、比較的広い範囲での抽出が可能で、温度変動に対して柔軟に対応できるのが特徴です。
3. 長時間抽出の理由
コーヒーの品質評価にカッピングという手法があります。フレンチプレス同様にお湯に直接漬け込み4分でかき混ぜ9分程度から上澄みをテイスティングします。この手法でも9分時点では味わいは薄く軽いことがほとんどです。
このときの上澄みの液体を濃度測定をするとTDS1.00%に届かないことがほとんどです。
カッピングとTDSの関係についてはJames Hoffmannの書籍「The Best of Jimseven」や、こちらの「Torch coffee company」のブログ記事が詳しく書いてますね。一度読んでみることは役に立つかもしれません。
プランジャーを押すことにより抽出がカッピングよりも進行するフレンチプレスとてその限りではありません。
豆とお湯の比率が15倍で濃度がTDS1.00%に達していたとしてもそのコーヒーはまだまだ抽出不足です。
ペーパードリップなどの透過抽出では常に新しいお湯が供給されます。コーヒー成分が溶け込んでいないお湯は、濃度勾配が高くコーヒー成分を粉から引き出す力が強い状態です。
一方、フレンチプレスのような浸漬抽出では、コーヒーの粉は常にコーヒー成分が溶けたお湯に囲まれています。このため、濃度勾配が低く、成分を引き出す力は弱くなります。したがって、浸漬抽出では十分な抽出を行うためには時間をかける必要があります。抽出時間を15分ほど確保することで、均質に成分が引き出され、甘さが感じられ、なめらかな質感が生まれるのです。
フレンチプレスの抽出の均一性
抽出の均一性の高さ
浸漬抽出は、コーヒー粉全体をお湯に完全に浸す方法で、粉の全表面が均等にお湯と接触します。このため、透過抽出(ペーパードリップなど)のように、注ぎ方や水流によるムラが発生しにくく、非常に均一な抽出が可能です。結果として、コーヒー豆の持つポテンシャルを最大限に引き出すことができるのです。
透過抽出では、水流や注ぎ方の違いにより、特定の箇所が過抽出になったり、逆に抽出不足になったりするリスクがあります。しかし、浸漬抽出ではコーヒー粉が均等にお湯に浸るため、このようなムラを最小限に抑えられます。そのため、嫌な苦みやえぐみが出にくく、初心者でも安定した味わいを楽しむことができるという大きなメリットがあります。
ペーパードリップが難しい理由は、主に抽出の不均一さにあります。何も考えずにお湯を注ぐと、注ぎ方や水流の加減によって、コーヒー粉の一部が過剰に抽出され、他の部分が十分に抽出されないというムラが生じてしまいます。この不均一な抽出は、コーヒーの味に大きな影響を与え、苦みやえぐみが強くなったり、逆に味が薄くなったりする原因になります。ペーパードリップでは、注ぐタイミングやお湯の量、注ぎ方に細心の注意を払うことが重要です。
フレンチプレスでコーヒーを学ぶ
未抽出・過抽出の勉強
フレンチプレスはコーヒー抽出の濃度と収率を学ぶに素晴らしい教材だと思っています。前日の記事に飲み方のアレンジを提案しました。
以下は僕が実際に見た事例です。
これはまさにハンドドリップの技術が不十分であったために起きた事例です。前述したように、ハンドドリップは抽出の不均一が起こりやすい方法で、注ぎ方やお湯の量、速度などの要素が少しでも偏ると、抽出にムラが生じやすくなります。
たとえ極粗挽きであっても、抽出に偏りがあれば、局所的に過抽出が引き起こされ、その部分から渋さが現れることになります。そのため、未抽出サンプルから渋みが検出されてしまうのです。
逆に、極細挽きであっても、抽出に偏りがあれば、局所的に未抽出が引き起こされ、その部分から鋭い酸味が感じられることがあります。
このように不均一な抽出は、未抽出や過抽出の判断を著しくむずかしくさせてしまいます。本当にひどい場合は濃度だけで判断した方がよっぽど正しい事すらあります。
その点フレンチプレスは圧倒的に均一性が高いです。
上記のような教育を施す際は、フレンチプレスを使いうことをおすすめします。
ハンドドリップの目標設定としてのフレンチプレス
つまるところハンドドリップの上手さの一つは、どこまで抽出の均一性を高められるかだと考えています。
カッピングでは美味しかったのにハンドドリップでは美味しくならないという声もおおく聞きますが、それもそれぞれの抽出の均一性が大きく乖離しているためです。
その点において長時間のフレンチプレスを目標として、
ハンドドリップの練習をするのは良いゴール設定のように思います。
実際に私もJBrCの練習として、長時間フレンチプレスよりおいしいハンドドリップを作る練習を重ねました。
長時間フレンチプレスは先述の通り、抽出温度幅が広い抽出です。これは温度によって風味をコントロールしづらいという欠点でもあります。
一方ハンドドリップでは抽出温度幅が狭く、抽出温度による風味のコントロールできる余地が与えられているわけです。
抽出の均一性ではハンドドリップはフレンチプレスには絶対に勝てません。フレンチプレスよりおいしいコーヒーを淹れるためには温度のコントロールといったフレンチプレスが持っていない手段を使うことが必須だと考えています。
それこそがハンドドリップの魅力なのではないかと考えています。