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物流を取り巻く危うさを鋭く描いた『ラストマイル』がクールすぎる

※ほぼネタバレなし(抽象的なメッセージ性に関する話がほとんどです)

SAISON GOLD Premiumの映画1,000円優待で調達した映画チケットが期限を迎えそうだったので、直近でおもしろそうな映画をチョイスして観てみた。

満島ひかり、岡田将生はさすがだった。
TBSが製作委員会に入っているからか過去のドラマのキャラクターも登場していて、ややガチャガチャとうるさい感じはあるものの、結局作品性の高さと展開、主要キャストの演技力に丸め込まれてしまった。

特に満島ひかりについては、南島原市のPRムービーでの奇才ぶりや、「ラビリンス」のミュージックビデオで披露したダンスなど、私の中で完全に異彩を放つ人物としての認識が確立されている。

さて、この映画作品が意識的に織り込んできているであろういくつかのポイントについて、少しばかり感想を綴ってみよう。


配送物テロという切り口とエンタメ性

まず今回、配送物に爆弾を仕込む、という手法がわりかし新鮮に感じた。過去にも題材として描かれてきたのかもしれないし、私がそれを知らないだけかもしれない。
ただ、新鮮に感じるということはなんだろう?

例えば、犯行側の視点に立つと、無差別に多人数を殺傷する目的には向いていないことが分かる。ターゲットが特定個人・組織など明確な場合は、その相手にかなり確実に届けてくれるという便利さはあるものの、やや仕掛けるのが面倒くさい。
配送拠点への直接持ち込みなどであれば比較的差出人をごまかしやすいかもしれないし、爆発までのタイムラグを効果的に利用したいならうってつけかもしれない。一方、配送途中で爆発しないよう装置を仕込む必要があるし、配送された相手が見知らぬ荷物を開封するかどうかも分からない。
(今回は実際に注文された荷物をすり替える手法なので基本的に100%開封されるが、やはり仕掛ける段階のコストが大きすぎる)
そういう意味では、テロリスト観点でのメリットが思ったより乏しいという可能性は考えられる。

ただ、ひとたび一般市民側の視点に立つと、様相はガラッと変わる。無数にある配送物にランダムに爆発物が仕込まれ、開けた瞬間に爆発するなんてのは恐怖でしかないからだ。
その観点において、この映画はエンターテイメントとして優れていると言えよう。
もう一点付け加えると、上記の手法を用いるインセンティブがはたらきにくいと考えられる犯行側にもストーリー性をもたせることにより、配送物に爆弾を仕込むという必然性を高め、観る者をよりスクリーンに引き込んでいるように思える。


高度な物流網とそのリスク

次に、現実社会への警鐘という切り口も検討してみよう。
私たちが暮らすこの社会は高度にネットワーク化され、物流網に支えられまくっている。ECサイトでボタンをぽちぽちし、数日後に玄関や宅配ボックスに届くのを待つだけ、ということを繰り返している私たちは完全に感覚が麻痺してしまっているが、当然この生活は『当たり前』ではない。

特に日本は、そのレベルが群を抜いていると言えるのではないだろうか。私が知る限り、日本ほど緻密で丁寧そして確実に早く荷物が届く国は、恐らくないはずだ。
数週間〜数か月レベルで待たされることもなければ、荷物がビショビショだったり玄関前に無残に打ち捨てられていることもほぼない。注文した数日後(時には一両日中)にはきれいな状態で確実に届けられる。
繰り返すがこれは決して『当たり前』ではない。サプライチェーンには、実に膨大な人間が関わっている。この社会の ‘物流’ には、それに本当に見合うだけの適切な対価が支払われている(コストが投下されている)のだろうか?

まだ趣味や嗜好品の類なら良い。イライラとクレームが世の中に増えるだけで済むからだ。
他方、作品中にも登場したような医薬品を初めとして、建築資材や製造部品、燃料や食糧などが広範囲・長期間に渡って滞ったとき、現代社会は大混乱に陥る。「便利じゃなくなる」どころではない、命や暮らしを支える基本的インフラさえがらがらと崩れ落ちる危険性を、この社会は抱えている。

物流が社会生活に溶け込み不可視化されていることに気づかない私たちその他大勢は、残念ながら危機的なXデーが訪れるまで、その恐ろしさに本当の意味で気づけないのではないか。物流に過度に依存する暮らしに自覚的にならないといけないのではないか。
そんなことを考えずにはいられなかった。そう、ふいに突きつけられた感じがしたのだ。


○mazonを意識したであろうサプライチェーンの歪み

最後に触れておきたいのが、この映画がとあるグローバルEC企業を念頭に置いてつくられていることだ。
私がA社の危うさにドキッとさせられたのはわりと最近だ。

上の動画では、数々の潜入ルポを書いてきた人物が、○mazon物流倉庫のヤバさと企業体質について語っている。さらなる情報収集や裏取りまではしていないので恐縮だが、個人的には本当のことだろうと推測している。
無論、世の中の企業ではA社に限らず多くの搾取やひずみが生じている。この社会で活動する企業体をすべて善と悪にぱっきり分けられるなんていう、短絡的な幻想に囚われる気もない。

ただ、作品中で起こることが、あまりにも動画で語られていることと地続きのような感覚を覚え、めちゃくちゃリアルで気味が悪かったのだ。(私にはグローバル企業でばりばり働いた経験はないが)利益を追求する企業組織において容易に起こり得るであろう、構造的なひずみとそれへの適応・内在化そして訪れる人間の破壊には、妙なリアリティがあった。
「私たちはみんな同じレールに乗っている(早いか遅いかってだけ)」というセリフも印象的だった。

件のルポライターによると、ヨーロッパなどでは毎年のように関連記事が出るが、日本ではA社に対する問題点の批判報道はほぼないそうだ。
今や国家レベルとも言われるグローバル企業(特に寡占プラットフォームを持つプレーヤー)に対し、日本は甘いという声もある。いや、M社の広告の件も鑑みると、やはり舐められているという表現がより適切だろうか。

日々利用するサービスの裏に(周辺に)どういう課題や危険性が潜んでいるのか?私たちは折に触れてアンテナを張り、表現し、部分的にでもいいからチョイスをしていく必要がある。
‘消費者’ として対岸の火事のように振る舞えると思ってはいけない。消費という関わり方をしている時点ですでに間接的に食われているし、いつ直接的に食われる側に回るかは分からないからだ。


映画で拍手したいときどうしてる?

いやあ、観応えがあった。拍手しようと思ったが、やっぱり今回もできなかった。
拍手したいんだから拍手すればいいじゃん。それはその通りなのだが、どうしても静かな劇場内では思い留まる気持ちが強くはたらく。

明るくなったらしづらくなるから、やっぱりエンドロールが完結したら暗いうちに即座にパチパチしないといけないな。
たとえ一人でも、素晴らしい作品にはエールを。自分の気持ちを表現していこう。


'24/08/24 最終更新

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