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日記に隠れた物語の片鱗ーミニ読書感想『724の世界2023』(吉本ばななさん)
吉本ばななさんの『724の世界2023』(DR by VALUE BOOKS、2024年6月1日初版発行)を面白く読みました。国民的作家による、普通の日記。その普通さを徹底的に追求しているように感じました。普通の中にすごみが宿る。普通の日記がこれほど分厚いのかと驚きました。
724の世界とは、7月24日生まれの著者が見る世界。365日毎日の一コマを記録したのが本書です。訪れた店名や、一緒に食事を囲んだ仲間のあだ名。それがそのまま書かれていて、まさに著者の机に置かれた日記帳を覗くような一冊です。
もしもこれが吉本ばななさんではなく、都内に住む還暦前の無名の女性の日記と聞けば「ふーんそうか」と素通りしてしまいそう。それほど何気ない話を、ここまで直球で書いているのが、本書の特徴だと感じます。たぶん、プロでなければここまで凡事徹底できない。どこかで気をてらったり、「面白く」書こうとしてしまいそう。
そんな中に、ふと、輝く言葉が見つかる。それがとても愉快な体験です。たとえば。
冷蔵庫を開けるとミイラの匂いがする。
なんでだ? と思ったら、塩辛が痛んでいたのだった。捨ててすっきり。
ミイラの匂いをなんで知っているかというと、イタリアで教会にたくさん行ったからだ。
冷蔵庫を開けるとミイラの匂いがする。物語が立ち上がってきそうな一文ではないですか。
日記を書いてみると、日記を書くほどの出来事は日常の中に少ないことがよく分かります。特に毎日書くほど、本当に今日は何も書くことがない、という日も出てくる。でも著者の感性は、物語の片鱗を逃さない。逃さないからこそ、作家なのかもしれない。
近所の肉屋のおじさんが病に倒れたり、復帰したりを繰り返したときの言葉を最後に引用します。胸に残りました。たぶんこれからもお守りになる。
人はこうやって日々を生きて、いつか倒れる。そしてまた起き上がって、また倒れる。それは悲しいことじゃない。日常はかけがえがない、ということなのだ。
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