人生を潰されないための魔法の言葉ーミニ読書感想『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子さん)
柚木麻子さんの短編集『あいにくあんたのためじゃない』(2024年3月20日初版発行、新潮社)が、最高の物語でした。読めてよかった。物語の魅力は、タイトルに全て込められている。あいにくあんたのだじゃない。自分の人生の手綱を、どうでもいい他人に譲らない。私の人生は、私のためだ。
最もお気に入りは、フロントを飾った『めんや 評論家おことわり』。過去のブログで、客や店内を勝手に撮影、アップしたことが炎上したラーメンブロガー。そのことで超人気店に「出禁」をくらって悶々としていたところ、和解の機会が得られて、、、という話。やれやれ、やっと許されるのか、と思いきや、、、怒涛の展開が待っています。
ブロガーからしたら「ちょっと映り込んだだけ」。だけど、「映り込んだ」で済まされた側は、大きな痛みを負った。加害者はいつだって、被害を過小評価する。
被害者側の発したこんなパンチラインが胸に残る。
あんたなんかに、馴れ馴れしく呼ばれる筋合いはない。勝手にラベリングしないでよ。この叫びこそまさに、タイトルに通じる精神。あいにくあんたのためじゃない。
本書が素晴らしいのは、いわゆる勧善懲悪の物語ではないこと。スカッと!では終わらせない。私の人生は、あんたのためじゃない。だから、あんたはあんたの人生を生きなよ。そんな厳しいながらも優しいエールも込められている。
『パティオ8』という作品は、本書のあらすじ解説にもよく挙げられる。コロナ禍の自粛まっさかりの時期。小規模マンションの中庭で子どもたちを遊ばせていたら、「海外との商談に差し障るからやめろ」とある住人男性に怒られた。母親たちは連携して、その男性から商談先を奪うことを画策する。
痛い目に遭わされた男性はラスト、こう述懐します。
忌み嫌っていた子どもたちの声に、救われる。自分が排除しようとしたものは、自分を排除しはしなかった。本書はインクルーシブなエンパワーメント小説なのです。そこが素晴らしく、格好いい。