岸田奈美さんが勧めてくれるだけある傑作エッセイーミニ読書感想『弟は僕のヒーロー』(ジャコモ・マッツァリオールさん)
イタリア発のエッセイ『弟は僕のヒーロー』(ジャコモ・マッツァリオールさん。関口英子さん訳、小学館文庫、2023年12月11日初版発行)が胸に残りました。ダウン症の弟との日々、衝突や葛藤、そして学びを初々しい10代の感性で届けてくれた本。あの岸田奈美さんが「お守りみたいな本」と激勝されていたのを知り、手に取った本でした。
主人公は著者自身。思春期を迎え、ダウン症の弟の存在を「恥ずかしい」と思って隠していたことが赤裸々に語られます。そんな彼の心を溶かしてくれた一人が、弟とは別のダウン症当事者。彼のこんな言葉は、私の胸にも強烈なパンチラインとして残りました。
彼は「自分は自分を差別する人間に感謝している」というのです。そのこころは。
差別する人間のおかげで、「自分は差別する人間のようには生まれなかったんだ」と神に感謝できる。なんという発想の転換かと思いました。
しかし確かに、彼の言うとおりなのです。差別される人間はもちろん過酷である。それは綺麗事ではない。でも、差別する人間の運命の方が「よっぽど悲惨」ではないか。
わたしは子どもが発達障害だと指摘されてから、障害に対する見方が変わりました。それまであった偏見が少しずつですが、氷解していきました。同時に、世間の厳しい声も見聞きします。それらが自分ごととして、胸に突き刺さる。
しかし傷付く私は、少なくとも、傷付ける私ではない。誰かを差別し、下に見て、貶め、足蹴にするような、そんな人間になることは回避できている。痛みは私の運命を変えてくれたのかもしれない。
差別されるよりも、差別する人間の運命の方が悲惨だ。確かにそうです。そして、私たちの運命はいつでも、その日さんの方に転がる可能性がある。逆に、差別される側に寄り添える可能性もある。
彼は他にも、ウイットに富んだ見方を主人公と読者に教えてくれる。
アイロンが苦手な主人公は「アイロン症候群」だ!そう、人にはそれぞれ出来ないことがある。苦手なことがある。それが障害とラベリングされるものもあれば、そうでないものもある。
私は急な予定変更が苦手。きっと「予定変更症候群」です。妻にも、わたしの母にも父にも、それぞれの症候群があるでしょう。
岸田奈美さんがおすすめしてくれるだけあります。この本は柔らかくて、クスリと笑えて、そして心が少し温かくなります。