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ちゃんとした人

 生理貧血がひどくてふらっふらなのでどうでもいいことを書いておこう。書いたら寝るぞ。


 若い頃の話だ。東京時代。女優の浅野ゆう子さんの大ファンだという男性に粘着されたことがある。「似てますね」と。

 その男性は私達の前にちょいちょい現れるようになった。いつもしつこく私を食事に誘うのであるが、私は彼のことを先輩女子の「連れの男性」と思っていたし、だいたい、上京したての若い女子からすれば、年上のビジネスマンなど、ちょっと気持ち悪いのである。

「先輩と一緒の時ならいいですよ」と毎回やんわり断っていた。ところが、それに気づいた先輩のひとことで、私はそのおじさんとデートするはめになってしまったのである。
「いいじゃない、一回くらい食事にいってあげなさいよ。彼、金融マンだから。毎日、億単位のお金を動かすんだから。ちゃんとした人だから大丈夫よ」

 うさん臭すぎるだろっつの。当時の私に「リーマンブラザーズ」がなんだかなんて分かるはずもない。先輩だってそうだったろうに。ただなんとなく、金融マンだとか、外資系だとか、億単位の金を動かせるとか、そんなことで人を「ちゃんとしてる」だなどと、後輩女子をよく知りもしないおじさんに引き合わせることが出来るのだから、なんと罪なことか。もしも知人男性から「デートしてあげなよ」なんて言われていたら絶対に行かなかっただろう。けれども女性からの、先輩女子からの言葉だ。ーー本能的な危機感を感じてはいても、若くて未熟だった私には断る術がなかった。


 いざ二人きりで会うと、もうおじさんの気持ち悪さは全開であった。
「今日は僕がどんなにゆう子さんのことを好きかについて君と話したいんです」
 ーーは?
 そしてなぜか怒られた。
 私はその日、久々に髪型を変え「前髪」を作ったのだった。それが彼の気に入らなかったらしい。
「だめです。君はゆう子さんと同じ髪型でいてください」

 そうして、会話はどんどん暴力的になってくる。今の時代ならばコンプラ的に全力でアウトであるが、彼の場合は頭が悪くてセクハラをしてしまっているというのとは違って、根がサイコパスなのだ。もしかしたら、浅野ゆう子似の女をこの世から消してしまいたいという願望があるのかも知れない。「君のことをああしてこうして・・・」そして最終的には、「サッカーボールのように蹴り飛ばして君の頭を潰してしまいたい」とまで言われた。

 そこから私は、先輩女子の話題を出すなどして彼に「世間体」を思い出させることに努め、「ごちそうさまでした。また "みんな" で会いましょうね」と牽制しつつ、無事に生きて帰ってきたのであった。
 獲物に逃げられた彼からはその後すぐ、謝罪の電話があった。
「今夜は酔っ払ってしまって下品なことを言いました。あんなのはぜんぶ冗談ですよ。ちゃんと君のことを大切に思っています」

 その後、彼が私の前に現れることは二度となく、また、リッチな金融マンに「貢ぎ物」をしようとした胸くその悪い先輩女子とも私は関係を絶った。気持ちの悪いことはさっさと忘れてしまうに限る。2008年のリーマンショックで、「そういえば」と思い出したくらいである。彼らが今どこでどうしていようが、私の知ったこっちゃない。


 ちなみに私は小学生の頃に、どこだったか海外の空港で本物の浅野ゆう子さんに遭遇し、一緒に写真を撮ってもらったことがある。言うまでもないが、私と「浅野ゆう子」とでは似ても似つかない。月とすっぽん。女優と大根。今で言う、いわゆる公開処刑というやつである。女優さんと自分とのあまりの容姿の違いにショックを受け、思春期に入った頃その写真をこっそりアルバムから抜き取り破り捨ててしまった。高校生の頃には、念のためネガも切り取って処分した。忘れるのがいちばんだ。


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