(加筆修正)エッセイ「クラシック演奏定点観測〜バブル期の日本クラシック演奏会」 第23回 バレンボイム & ショルティ指揮 シカゴ交響楽団 来日公演 1990年
エッセイ「クラシック演奏定点観測〜バブル期の日本クラシック演奏会」
第23回
バレンボイム&ショルティ指揮シカゴ交響楽団 来日公演1990年
⒈ ダニエル・バレンボイム指揮シカゴ交響楽団 来日公演1990年
公演スケジュール
1990年
4月
11日、12日 東京
14日 横浜
15日 東京
17日 倉敷
18日 大阪
20日 名古屋
21日
大阪
ザ・シンフォニーホール
ブラームス
交響曲第三番、第一番
指揮:ダニエル・バレンボイム
22日 仙台
23日、25日、26日 東京
※筆者の買ったチケット
最初に断っておくが、今回のコンサートは、半分しか聴いていない。それというのも、この時、筆者は就職したばかりで、ちょうど運悪く、この日に職場の歓送迎会が重なってしまったのだ。このコンサートのチケットを買ったのは半年ほど前で、まさかそんなことになるとは思わなかった。それに、自分が主役の歓迎会を欠席するわけにはいかなかった。
それでも、なんとか理由をでっち上げて(なんと言い訳したのか、もはや忘れたが)途中で宴会を抜けさせてもらって、大阪のザ ・シンフォニーホールに駆けつけた。すでに前半のブラームス交響曲第3番は終わり、休憩時間だった。
そんなわけで、バレンボイムの指揮したシカゴ交響楽団、後半のブラームスの交響曲第1番だけ、聴くことができた。
※参考CD
ブラームス:交響曲全集
バレンボイム&シカゴ交響楽団
バレンボイムの指揮は、以前パリ管弦楽団との来日公演で聴いた。正直、あまり感心はしなかったのだが、それでも、今回のシカゴ交響楽団は聴き逃したくなかった。
それというのも、筆者はこの当時、世界のオーケストラの中で、シカゴ交響楽団が一番気に入っていた。それも音楽監督のショルティの指揮ではなく、アバドの指揮したシカゴ響が大好きだった。特にマーラーのCDでは、アバド指揮シカゴ響のものが、もっとも気に入っていた。ちょうどこの頃、全集録音が進んでいた同コンビのチャイコフスキーの交響曲も、数多い同曲のCDの中でベスト1だと思っていた。そんなわけで、もしアバドの指揮でシカゴ響の来日公演があったなら、何を差し置いても聴きに行っただろう。残念ながら、このコンビでの来日は一度も実現しなかった。
なぜ、音楽監督のショルティの指揮でのシカゴ響がもう一つ好きになれなかったのか? おそらく、当時のショルティの演奏がとても荒々しく感じたからだろう。ショルティといえばエネルギッシュで直線的な、トスカニーニ的演奏が持ち味だ。そういう演奏で、マーラーやブルックナーを聴くのがどうにも耐えられなかった。
今では筆者も、ショルティの演奏の良さがわかってきた。それどころか、ショルティ盤こそ唯一無二の演奏だ、と思える楽曲もある。だから、この時の来日公演でショルティの指揮する日を選ばず、バレンボイムを選んだことを今となっては後悔している。
20世紀を代表する偉大なマエストロとしてのショルティを、一度は生演奏で聴いておくべきだった。実演で聴けば、その場でショルティの魅力がわかったかもしれない。
バレンボイムの指揮で聴いたブラームスも、決して悪くなかった。シカゴ響のアンサンブルはこの当時、掛け値無しに世界最高峰と言えたし、その生演奏の音を聴けたことは、オーケストラ好きとして得難い体験だった。
筆者自身、学生の頃ホルンを吹いていたこともあり、世界トップクラスのホルン吹きだったシカゴ響のホルン首席奏者、デイル・クレヴェンジャーの音を聴けたのは、生涯の思い出といっていい。
※参考CD
http://tower.jp/item/3326221/シカゴ交響楽団の首席奏者たち<タワーレコード限定>
《シカゴ響の栄光の歴史を彩る名手達の饗宴。久しぶりの再発!
(中略)
とりわけハーセスを始めとした金管群には、その思いがリスナーであっても強くあることでしょう。
しかし彼らはごく例外を除いてソロの協奏曲作品をほとんど残しませんでした(木管とクレヴェンジャーは除く)。オケマンとしては当然だったのかも知れませんが、現在聴くことができるのはもちろんオケものとアンサンブルくらいしか残されておりません。しかし幸いなことにDGで(単曲なのは残念ですが)このアルバムを制作したことは驚きに値します。当時は様々なオケ録音の合間を作って入れたことは想像に難くないとは言え、その残された演奏は珠玉の逸品です。特にハーセスのハイドンはトランペットの協奏曲の代名詞であり、よくぞ残してくれたと感謝する演奏。尚、当初のオリジナル・アルバムでは1-4曲のみでしたが、1977年に録音されたジェイコブスのチューバ協奏曲も今回カップリングしました。ヴォーン=ウィリアムズのこの曲もまた、チューバ協奏曲の有名曲であり、PJBEでも活躍したJ.フレッチャー盤と並び、この曲を代表する録音です(まさに東西の横綱)。単に想いを馳せる盤を超えて、彼らの最盛期に録音されたこれらの演奏は永遠の価値を持つでしょう。
タワーレコード (2013/10/10)》
⒉ バレンボイムとシカゴ交響楽団が1990年に来日したことの意味
今回のコンサートは、1990年に行われた来日公演ということで、日本のバブル期真っ最中の海外オケ公演の代表例だと考えることができる。また同時に、前年の89年にベルリンの壁が倒れ、東西冷戦が終わった直後という、歴史的な意味合いもあった。今回同行した指揮者のバレンボイムは、出自がユダヤ人でもあり、キャリアの早い時期から政治的アピールで目立つ存在だった。この前年、ベルリンの壁崩壊の時、いち早くベルリンで記念コンサートに出演している。1989年11月のベルリンの壁開放コンサートでは、バーンスタインが東西ドイツの合同オケを指揮したベートーヴェンの第9が世界中の話題となった。その4楽章、シラーの歌詞「フロイデ」を、英語の「フリーダム(自由)」に換えて演奏したことも、大きく報道された。その陰に隠れてはいたが、バレンボイムもこの時、ベートーヴェンを演奏して、ベルリンの壁崩壊という歴史的事件を祝ったのだ。
バレンボイムはユダヤ人だが、ナチスのユダヤ人虐殺の象徴として忌み嫌われたワーグナーの楽曲を、イスラエルで初めて演奏して物議をかもした。このような実践でもって、音楽による平和と対話への試みにチャレンジしている。
今回の来日公演でのブラームスは、19世紀ロマン派に傾斜した演奏解釈だった。バレンボイムは若い頃から、フルトヴェングラーに深く傾倒しているという。フルトヴェングラーは、ナチス政権下のドイツにとどまって演奏活動を続けたことで、戦後ユダヤ人にとって悪名高い存在ともなってしまった。しかし、バレンボイムはそこには拘泥していない。あくまでヒューマニズムに徹して音楽活動を行う姿勢は、大いに評価したい。
けれど実際の音楽演奏はまた別だ。この当時バレンボイムの指揮は、世界トップのシカゴ交響楽団を率いるにふさわしかっただろうか?
同世代で活躍する指揮者として常に比較されていた、アバドやメータの演奏の深化と比べて、この当時バレンボイムは迷いの最中にあった。
それというのも、1990年はカラヤン没後のベルリン・フィルを誰が受け継ぐか?という欧州楽壇の過渡期だった。バレンボイムもベルリン・フィルの後継者の下馬評に上がっていたが、結果はアバドが選ばれた。この時期のアバドの音楽的な充実ぶりは、同じブラームスの交響曲演奏を聴き比べてみると、バレンボイムのブラームスとは雲泥の差である。そういうわけで、アバド贔屓の筆者としては、叶わぬ夢ながら、アバドの指揮したシカゴ交響楽団の演奏を生で聴いてみたかった、と思ってしまう。
⒊ ショルティという指揮者
筆者がショルティの実演を聴く機会を逃してしまったのは、今から思えば実に残念だった。ショルティの演奏は、はっきり好き嫌いが分かれるという点でマニアックだと思うのだが、にもかかわらずあれほど広く人気を博したのは不思議だ。一つには、ショルティが音楽監督として育て上げたシカゴ響の魅力が大きいだろう。
筆者がショルティの演奏の魅力に、遅ればせながら目覚めたのは、歴史的録音というべきワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』の世界初のセッション全曲録音だった。筆者はワーグナーを10代の頃から折にふれて聴いていたのだが、なんといっても楽劇全曲をCDで買うにはあまりに値段が張る。だから、FMのエアチェックでカセットテープ録音し、聴き込んでいた。
当時の筆者のような学生のワーグナー・リスナーには、NHKFMが毎年その年のバイロイト音楽祭の録音を放送してくれるのがありがたかった。たいていは年末に、毎晩真夜中から明け方まで、ワーグナーの楽劇を延々と放送してくれる。がんばって起きていて聴き、カセットテープにエアチェックしていた。しかし、カセットテープは最長でも60分しか片面に録音できない。だから、眠くても起きていて、カセットを裏返しながら、なんとか全曲を録音するのでほぼ徹夜の連続だった。
以前のバレンボイムの回でも書いたが、ちょうど筆者がワーグナーに目覚めた頃、バイロイト音楽祭ではハリー・クップファーの新演出、バレンボイム指揮の「指環」チクルスが放送されていた。それを全部エアチェック録音して繰り返し聴いたので、「指環」といえばバレンボイムの解釈が第一印象だった。バイロイト音楽祭の録音では、カーテンコールの客席の拍手やブーイングの声もちゃんと入っている。この時の「指環」では、特にクップファーの新演出が賛否両論で、ものすごいブーイングがラジオから流れてくるのを、びっくりして聴いた。それまで日本国内でのオペラ公演さえ観たことがなく、ましてやオケの演奏会でブーなど体験したこともなかった。ラジオで聞く、ヨーロッパの観客の率直なブーの叫び声に、オペラとはこういうものなのかと仰天したのだ。
それはともかく、バレンボイムの指揮したバイロイト音楽祭の「指環」はかなりロマン派寄りの演奏解釈だった。ただでさえロマンティックなワーグナーの音楽が、過度に叙情的に演奏されていた。
そのバレンボイムの解釈を聴き慣れていたところに、初めてCDを買って聴いたのがベームのものだった。ベームの指揮、ヴィーラント・ワーグナー演出のバイロイト音楽祭ライブ、楽劇「ワルキューレ」(ワーグナー『ニーベルングの指環』第1夜)を買ったのだ。聴き慣れたバレンボイムのものとは、あまりに演奏解釈が違ってびっくりしたことを覚えている。
ベームのバイロイト『指環』といえば、物議をかもしたヴィーラント・ワーグナーの抽象的で簡素な舞台演出と、そのコンセプトに合わせて快速テンポで演奏されたベームの指揮ぶりが有名で、史上最速のテンポだったという。ロマンティックな解釈のバレンボイムが、ゆったりと丁寧な演奏だったのと比較すると、ベーム盤は本当に素っ気ない快速ぶりだ。こういう両極端な演奏を聴き比べて、頭をひねっていたところに、真打登場!という感じのショルティ盤を、ハイライトで聴いた。
ショルティの『指環』全曲録音が、史上初のセッション全曲録音だったことは知っていた。実にドラマティックで情熱的な演奏で、バレンボイムのように叙情的すぎず、ベームのように素っ気なさすぎることもない。ショルティのオペラ指揮の的確さが、完全にプラスに作用している見事な演奏だった。
これをきっかけに、ショルティのオペラ録音を探しては聴いてみた。そうすると、シカゴ響との交響曲録音よりもオペラ録音の方が、ショルティの美質がよく表れているように感じた。何より、テンポ感が早すぎず遅すぎず、ちょうどいい。歌手の歌わせ方も、過剰にならず抑えすぎず実にバランスがいい。特に、ショルティがロンドン・フィルなどを指揮したモーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』は素晴らしい演奏だった。
土居豊:作家・文芸ソムリエ。近刊 『司馬遼太郎『翔ぶが如く』読解 西郷隆盛という虚像』(関西学院大学出版会) https://www.amazon.co.jp/dp/4862832679/