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2000年代物書き盛衰記〜ゼロ年代真っ最中に小説家商業デビューした私だがなぜか干されてしまって怪しい評論家もどきライター兼講師に? 「大学の取材編」その2


「大学の取材編」その2
(2000年代物書き盛衰記〜 ゼロ年代真っ最中に小説家商業デビューした私だがなぜか干されてしまって怪しい評論家もどきライター兼講師に?)




※前段
「大学の取材編」その1


(2000年代物書き盛衰記〜 ゼロ年代真っ最中に小説家商業デビューした私だがなぜか干されてしまって怪しい評論家もどきライター兼講師に?)



2005年4月18日

 
 音大の学生が大量に降りるので、下町のこの駅は改札が混みあっている。そこから抜け出して、商店街の間を、学生たちの群れについて歩く。正門から堂々とキャンパスに入り、パティオを横切ると、今日の目的である吹奏楽の合奏授業が行われる大教室の方に歩いていく。
 管楽器のケースをかついだ学生たちが大勢、同じほうに向かっていく。合奏用の大教室がある別の校舎に入ると受付の窓口に行って、尋ねた。
 「吹奏楽のT先生はもうお出でですか?」
 すると、窓口にいた若い女性の職員が礼儀正しく応対した。
 「まだですが、いつもぎりぎりにいらっしゃいますよ」
 「じゃあ、中で待ってます」
 「どうぞ」
 と、女性事務員はにこやかに答えた。
 重い防音扉を押し開けて合奏教室に入ると、音大生たちがしきりにウォーミングアップのため楽器の音を鳴らしている。この合奏教室は、小さなホールぐらいの広さで建物3階分ほどの高さがあり、100人以上は入れそうだ。
 壁際にパイプ椅子を置いて座って待った。そのうち、吹奏楽指導のT先生が現れた。やせて小柄な、かなり年配の男性で、ポロセーターにジャケットをひっかけている。筆者は近づくと、挨拶した。
 「おはようございます。聴講生なのですが、ぜひ先生の授業を見学させていただけないでしょうか?」
 T先生は眼鏡越しにしばらく筆者をながめてから、「ああ、ええよ」とだけ言った。あとはさっさと指揮台に歩いていく。
 これは1年生の管楽器と打楽器の学生がとる授業で、総勢70名以上いる。吹奏楽の基本的な編成になっていて、毎回課題曲を初見でどんどん合奏していく、という高度な授業である。生半可な実力ではついていけそうにない。さすがは音大の管楽器専攻である。
 1、2年生のうちは演奏会には出ないが、3、4年生は毎年、吹奏楽授業の発表として定期演奏会に出る。これとは別に、オーケストラ授業の発表の演奏会があり、管楽器専攻の学生はかなり忙しい。
 第1回目の授業だが、T先生は持ってきた楽譜をみんなに配らせた。さっそく、初めて見る譜面で合奏するようだ。それも、今年の全国吹奏楽コンクールの課題曲を4曲、次々にやってみるらしい。
 合奏は、さすが音大生、といいたいところだが、それはそれ、やはり新入生である。たちまちつっかえた。先生は、またすぐ続きをやり始める。学生は譜面に血眼で、しがみつくようにして懸命に吹いている。
 T先生は、とうとう曲の途中で指揮する手を止め、話し始めた。
 「君ら、ちょっと見てみ。四分音符ひとつとってみても、いろんな吹き方があるんや」
 そう言って、両手を何度か、違ったやり方で叩いてみせる。
 「ほら、こうやったらモーツアルトや。これはベートーヴェン。こんなんもあるで、現代曲なんかで」
 しかし学生たちは、なんだかポカンとしている。理解してないのか、先生の声が小さいので聞こえてないのか。果たして、こんな噛み合わないことでちゃんと授業になっていくのだろうか。
 こんな調子で、合奏はなかなか曲が最後まで通らない。
 この授業は、2コマ連続なので前半90分、後半90分の長丁場である。ふと気がついて時計をみると、もう前半の90分を過ぎている。しかし、T先生は手をとめない。とりあえず全部曲が終わって、さあ休憩か、と思うと、T先生はまた、曲の始めに戻ってもう一度やる、という。
 学生たちは傍目にも明らかにそわそわしだした。早く休憩にしてよ、と声に出していいそうな雰囲気である。見るからに集中力がなくなってきた。しかし、T先生は気にもせず、ちゃんと曲をきりのいいところまでやってからようやく、休憩、といった。
 休憩時間に、T先生に筆者の見学目的など事情を説明しようと思っていた。ところが、あっという間にどこかへ消えてしまった。後半、また別の曲をやる。この吹奏楽の合奏、けっこうハードな授業で学生たちは180分の演奏にくたびれはてた様子だった。
 ようやく授業が終わると、みんなすっかり開放感にあふれて、口々にしゃべりながら楽器を片付けている。筆者は、パイプ椅子をきちんとなおしてから、木管楽器の一番前列の端に座っていた女の子に近づいて、試しに声をかけてみた。
 「こんにちは。今ちょっといいですか?」
 「あ、いいですよ。何でしょうか?」
 その女の子は、いぶかしそうに私をみた。
 「私、こういう者なんです。作家でしてね。授業の取材をさせていただいてるんです。片付けが終わったらお話聞かせてくれますか?」
 「はぁ。わかりました」
 筆者は先に合奏教室を出て、ロビーにあるソファに腰を下ろして待った。遅れて出てきた木管楽器の女の子に、筆者は改めて自分がどういう者なのか説明した。自己紹介のために持参している、自分の載っている新聞記事も見せ、筆者はインタビューを申し込んだ。応じてくれたので、時間と場所を決めておいた。
 さて、次は吹奏楽の授業のT先生だ。さっきは飛び込みで授業を見学させてもらったわけだが、できればしばらく継続して見物したいと思っていた。T先生の許可が得られたら、可能なはずなのだ。
 それというのも、今回の音大取材を考えたとき、ちゃんと大学の広報に電話で問い合わせたのだ。広報の職員が言うには、そんな例は聞いたことがないので正式の許可申請などはない、とのこと。ではどうしたらいいか訊くと、個別にそれぞれの授業の先生に頼んでくれ、とのことだった。
 結果からいうと、この吹奏楽のT先生はなかなかさばけた人で、もののわかる人だった。半年ほど前に紹介者経由で送っておいた手紙のことは覚えていないようだったが、筆者の取材目的を聞くと、特に問題はないと言う。次回の授業から、見学を許してくれた。
 これで、ひとまず吹奏楽の授業を一つ、見学できることになった。休憩しようと、校舎の一階の喫茶室にいってみた。学食は遠いので、続けて授業のある学生はここで簡単にお昼を食べるようだ。すると、後ろから呼びかけられた。
 「先生!」
 振り向くと、勤務校の元教え子の男の子だった。そういえば確か、音大に進学していたか。あわてて彼を連れ出して、校舎の外に出た。歩きながら、筆者の今の境遇と取材目的をかいつまんで話す。
 「いいですよ。僕の友達に、話できるように聞いてみますわ」
 昔の教え子に見つかってしまったが、逆に協力者として確保したのだった。同期の友達も紹介してくれるという。
 その日は、そのまま正門を出て下町を歩いて電車にのり、大阪市内に出た。明日はまた、あの頭痛のする「音楽理論」がある。予習をしようとノートをかばんに入れてきたのだ。





2005年4月19日

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