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『コロナ禍の下での文化芸術』 3章 「日本での文化芸術の流され方と欧米でのあり方、抵抗、復活への強固な意思の差〜固有の文化芸術と、借り物のそれとの差が緊急事態下で露わになった?」


『コロナ禍の下での文化芸術』
3章
「日本での文化芸術の流され方と欧米でのあり方、抵抗、復活への強固な意思の差〜固有の文化芸術と、借り物のそれとの差が緊急事態下で露わになった?」

その1 「楽器飛沫実験と、2〜3月の公演延期・中止の是非 特に学校関係の行事・音楽系の学生公演について」


(1)クラシック音楽公演運営推進協議会の楽器飛沫実験


先日、NHKの「クラシック音楽館」で、以下のような楽器演奏飛沫実験の模様をリポートしていた。
筆者にしてみれば、やっとやったか、という感想だ。2月以来ずっと、クラシック音楽や吹奏楽、合唱など舞台公演がコロナ感染拡大による影響でどんどん中止や延期に追い込まれていく中、海外、特にドイツではいち早く、飛沫実験が行われていたことを、本稿でも紹介した。

※参考
https://note.com/fukudayosuke/n/nd9be5dd9812a
全訳転記「新型コロナウイルス(COVID-19)パンデミック期間中のオーケストラ演奏業務に対する共同声明」〔翻訳:西南学院大学神学部教授 須藤伊知郎〕


日本も、政府や音楽団体、大学などが協力して、飛沫実験の追試をどんどんやって、はたして本当に楽器演奏で飛沫が飛ぶのか?という疑問を解明するべきだと、本稿では主張してきた。
以下の実験の結果はまだ出ていないのだが、その後の各地での検証により、楽器演奏で飛沫が飛ぶというのはほぼ思い込みで、少なくとも歌唱や大声を出すことに比べて、飛沫はほぼないに等しいことが明らかになりつつある。もちろん、弦楽器や打楽器も同様だ。
つまり、オーケストラや吹奏楽演奏には、飛沫拡散によるコロナ感染のリスクはかなり低い、と言っていいのではないか?


※参考資料

「#コロナ下の音楽文化を前に進めるプロジェクト」について
〜クラシック音楽演奏会・音楽活動を安心して実施できる環境づくり〜
2020年6月22日 クラシック音楽公演運営推進協議会
一般社団法人日本管打・吹奏楽学会

https://www.classic.or.jp/2020/06/blog-post_22.html

https://storage.googleapis.com/classicorjp-public.appspot.com/200622covid19project_issue.pdf


記事引用
《クラシック音楽の演奏会において聴衆間や演奏者間にソーシャル・ディスタンスは必要か?
今回我々は、下記の2つの疑問に答えるべく実験を行います。
疑問①「クラシック音楽の演奏を聴く人の周囲で、前後左右隣接する席の位置と、前後左右1席離れた席の位置で、飛沫等の測定量に差はあるか?」
疑問②「楽器(各種)演奏者の周囲で、従来の距離で前後左右に隣接する奏者の位置と、ソーシャル・ディスタンスをとった奏者の位置で、飛沫等の測定量に差はあるか?」
これらの実験は大型のクリーンルームにおいて行い、環境中に普通に存在する埃の影響を排除します。
2. 方法
実験場所:新日本空調株式会社 研究所内のクリーンルーム(長野県茅野市)を使用します。
実験日時:2020年7月11日〜13日
被験者:
演奏 プロのオーケストラ奏者が各楽器3人ずつ行います。
聴衆 成人でクラシック音楽の演奏会に慣れた者で行います。
測定機器:パーティクル・カウンターを複数台同時に使用します。
対象楽器:
弦楽器 バイオリン、チェロ
管楽器 フルート、クラリネット、オーボエ、ファゴット、アルトサクソフォン、ホルン、トランペット、トロンボーン、ユーフォニアム、テューバ
測定及び結果の解析:産業医科大学作業環境計測制御学講座・宮内博幸教授の監修の下、行います。
実験における感染管理:プロジェクト・チームのメンバーである感染症専門医と感染管理認定看護師が指導します。
#ご参加いただいた演奏家のご芳名 #
サックス 須川 展也、彦坂 眞一郎、神保 佳祐
テューバ 近藤陽一、池田幸広、次田心平
ヴァイオリン 松田拓之、宮川奈々
チェロ 村井将、藤森亮一
フルート 神田寛明、満丸彬人、丸田悠太
クラリネット 山根孝司、大浦綾子、林裕子
トランペット 安藤友樹、本間千也、林辰則
トロムボーン 今村岳志、加藤直明、池上亘
ユーフォニウム 池上亘、岩黒綾乃、齋藤充
ホルン 福川伸陽、安土真弓、堀 風翔
オーボエ 寺島陽介、和久井仁、宮村和宏
ファゴット 市原靖生、福井弘康、森田格
ヴァイオリン 山洞柚里
チェロ 新井康之
ソプラノ 塚原紫
テノール 中村誠宏
ソプラノ 松崎ささら
テノール 志村一繁
(敬称略、実験順)

この検証には、各演奏団体のご協力のもと、NHK交響楽団 、名古屋フィルハーモニー交響楽団 、東京佼成ウインドオーケストラ 、新国立劇場合唱団 、東京混声合唱団のメンバー総勢40名、スタッフは医療チーム、専門家、技術者等を含め総勢30名ほどが参加しました。
検証結果は、データの集計や分析を行い、報告書にまとまった段階でリリースさせていただきます。
加えて、今回十全な検証が行えなかった声楽については、来月にさらなる検証を行うべく調整に入りました。

プロジェクト構成員
主催:
クラシック音楽公演運営推進協議会 (構成団体:日本クラシック音楽事業協会/日本オーケストラ連盟/日本演奏連盟/他 全国のクラシック音楽公演を開催する公共・民間ホール)
一般社団法人日本管打・吹奏楽学会
専門家:
林 淑朗 亀田総合病院 集中治療科部長、集中治療専門医
宮内 博幸 産業医科大学 作業環境計測制御学 教授
上原 由紀 感染症専門医
具 芳明 感染症専門医
塚田 訓久 感染症専門医
縣 智香子 東京都看護協会 新型コロナ対策プロジェクト アドバイザー
      NTT東日本関東病院 感染対策推進室 感染管理認定看護師
堀 成美 東京都看護協会 新型コロナ対策プロジェクト アドバイザー

協力:
(株)ヤマハミュージックジャパン
NHK
NHK交響楽団》




この実験の結果はまだ出ていないが、番組を見る限り、金管楽器ではほぼ飛沫はなく、エアロゾルもほとんど奏者の体の周辺で留まるように見えた。
木管楽器の場合の結果はまだわからないが、そもそも、プロの奏者が演奏する管楽器で、エアロゾルなり飛沫なりが遠くまで飛ぶ、というイメージは、おそらく先入観だったのだろう。一つには、管楽器奏者が管の中にたまる凝結した水分を、ひっきりなしに捨てていることも、飛沫が飛んでいるに違いないとの印象を与えていたに違いない。管楽器の音は、いうまでもなく空気振動が伝わるのであり、飛沫なりエアロゾルなりが遠くへ飛んでいるわけではなかったのだ。
その点が、前章で紹介した合唱・歌唱の場合とは違う。歌う場合には、どうしても飛沫がある程度とぶようなのだが、管楽器は違う、ということが、徐々に明らかになってきた。
ちなみに、管楽器奏者が水分を捨てているのも、あれは「唾」ではないのだが、見た目、唾を出しているように見えるから、勘違いされている。だから、管楽器が水分をどうしても伴うことが、飛沫を飛ばしているように誤解される原因の一つだろうが、正しい理解が世間に広がることを願うばかりだ。


IMG_7008のコピー




(2)学校の吹奏楽・オーケストラ演奏の場合


前述のように、ほぼ飛沫がないに等しいとしたら、これはあくまで後知恵ではあるが、2月段階からの政府の「イベント中止要請」によって、中止や延期になった数々の演奏会は、本来は実施できたはずなのではないか? 
特に、安倍総理の発出した「全国一斉休校」の要請によって、3月、予定されていた学校関係の演奏会や行事は、実際はやっても大丈夫だったのではないか?
もちろん、演奏者だけの問題ではなく、むしろ客席、会場に集まる参加者の側の感染防止対策の方は、2〜3月段階でも、十分に間隔を開けて、人数制限もして厳重にやる必要があっただろう。しかし、早まった「中止・自粛」要請のために、やめる必要のなかった演奏会や行事を中止させてしまったとしたら、その責任は日本政府、特に安倍総理の内閣にある。
なぜなら、安倍総理の発出した「全国一斉休校」の要請は、その後の報道によれば、文科省や政府内でも慎重意見があったのに、安倍総理が一人で決定して、ごり押ししたものだったからだ。
この件は、世間一般に受け取られているより影響は深刻である。特に学校関係の演奏会や行事、部活動の大会などについては、本来、2〜4月の時期に開催されているものが最終学年の締めくくり、総決算の行事であることが多いからだ。その行事へ向けて1年間、あるいは学校生活を賭けて打ち込んできた総決算の場を、いきなり奪われてしまった子どもたちの、心の傷は、表にたとえ見えていなくても、相当に深いものだと考えたほうがいい。ましてやそれが、本来なら感染のリスクを最小限にして実施できたかもしれない、ということが明らかになってきた以上、「なぜ、やらせてもらえなかったのか?」という後悔、恨みつらみの感情は、子どもたちの胸に長くわだかまることは避けられないだろう。
安倍総理が2月末に「全国一斉休校」を要請したあの時点でも、吹奏楽やオケの演奏会などは工夫して実施できたのではないか?と、前述の検証実験をみるにつけ、思えてくる。プロの演奏家の場合と違ってアマチュア、特に学校の公演の中止・延期の事情は、ほとんど世間で認知されないまま、何もなかったかのように過ぎてしまった。高校野球の春の選抜や夏の甲子園、高校総体などができなくなった際の、世間の反応と比べると、音楽活動の方はほぼ無視された格好だ。今年の2〜3月時点で学校行事、特に音楽や文化系の公演やイベントは本当に中止しなくてはならなかったのか?この経緯は、後々丁寧な検証が必要である。
安倍総理の「一斉休校」判断は、客観的根拠は一切な、総理が一人で決めたことだと後から明らかになった。それを踏まえて、あの決定が、全国の子どもたちの1年の総決算の舞台を奪ったことについて、子どもたちへの影響を真剣に考えなければならない。
文化系の活動に打ち込んできた子どもたちにとって、2〜3月にある発表の機会は、その学年、あるいは3年間の活動の総決算である場合が多い。運動系の活動を熱心にやってきた子どもたちにとっての、甲子園や総体のようなものだ。それを、後から見れば何の根拠もなくいきなり奪われたという出来事は、子どもたちに深刻な影響を与えたかもしれない。表面上諦めていたとしても、あの時の「一斉休校」が、実は無駄だったかもしれないという事実が検証されてくるにつれ、「なぜ、自分たちが?」という割り切れない思いがわだかまってくるだろう。
大人の側は、子どもたちの受けたダメージを少しでもカバーする努力をしなければならない。甲子園大会の代わりに、各自治体で野球大会を開催しているように、高校総体の代わりに各自治体で運動大会を予定しているように、文化系の活動にも、大会や公演に代わる機会を設けられるよう、各自治体の教育委員会なり、文科省なりが主導的に動き、予算の配分もするべきではなかろうか?
それというのも、大会や公演を一度キャンセルすると、代わりの機会を設けるにも、会場を押さえるのが大変だからだ。
筆者は、自分が高校生の頃、吹奏楽部で部長をやっていた経験からも、高校で教員をやっていた時の部活顧問の体験からも、学生の大会なり公演なりの場所確保が大変なことを知っている。今回のコロナ感染拡大でのキャンセルは、はたして各団体にキャンセル料がかかっているのか、あるいは無料でキャンセルできたのか、その事情もそれぞれ異なるだろう。何れにしても、公的な予算なしには、代替の公演はなかなか実現が難しい。
時期の問題もある。本来なら、現・高校3年生がまだ2年生だった3月の時期に、もうこの春卒業してしまった元の高校3年生も一緒に公演に出場するはずだったかもしれない。また、現・高校3年生は現状、受験や進路選択の時期がもう間近で、たとえ代替の公演の機会があっても、時間的に出場が無理かもしれない。それなら、現3年生の受験が終わった後、もう一度、元の学年のメンバーで集まって公演ができるような、特別の配慮があってもいいのではないか? それとも、コロナ感染危機が理由だから全て諦めろ、という一点張りで、大人は子どもたちのフォローを放棄してしまっていいのだろうか?
文科省は、コロナ危機による「一斉休校」期間にキャンセルとなった全ての学校行事や部活のイベントについて、もし生徒や教員側から代替開催の申し出があった場合は、例外なくその分の予算を出すのが当然だと、筆者は考える。


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(3)日本におけるプロの吹奏楽・オーケストラ演奏家の立場


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土居豊:作家・文芸ソムリエ。近刊 『司馬遼太郎『翔ぶが如く』読解 西郷隆盛という虚像』(関西学院大学出版会) https://www.amazon.co.jp/dp/4862832679/