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引越しと通勤と膝と
引っ越しを決めた時の自分は幼稚園児だったのかと思うくらい何も考えてなかったはずだ。
千葉寄りの埼玉に育ち、満員電車と長い通勤時間を要される都内通学・通勤に数年鬱憤がたまっていたにも関わらず、なぜ丸の内に勤めているのに(決して丸の内OLやバリキャリではない)駅までバスで数分の京王線沿いの地にマンションを買ったのか。
新宿まではいい。渋谷までもまだいい。
それでも決してバスのせいで近いとは思えないけど、その辺りならまだ許せる。
そのバスだ。少しずれるがバスには騙された。朝は時間通り来ない。考えてみれば分かるけどバス停までの時間もある。いくらマンションの目の前にバス停があろうと、マンションの1階に住まなければエレベーター問題があるのだ。
マンションの1階育ちの私はエレベーターの不便さがここまでだとは知らなかった。
そんなこんなでイライラしながらバスに乗り、降りたと思えば京王線だ。なんだあの遅れ具合は。すぐに遅れる。何があるんだ京王線。武蔵野線育ちの私ですら嫌気がさすのだから本物だ。
そしてヌーの群れの如く押し寄せるように乗ってくる。すでにほぼ満員くらいの車内に、許容範囲をかるっがると超えるヌー達。そこから15〜20分ほどヌーのすし詰め状態。サバンナにもこんなにいないであろうヌー。
京王線からまた乗り換え…会社に着くのは家を出てから1時間20分後。引っ越す前に住んでいた副都心線沿いの駅から10分もしない家からの通勤時間の倍以上。
そんな毎日でマンションを買った後も物件情報を見る癖が抜けない私に、友人から築年数がかなりいっているが東横線沿いに狭いマンションを購入したというニュースが届いた。外観と築年数、広さは気に入っていない様子だが駅近都心。
ヌーまみれの毎日を過ごす私に衝撃が走る。
中古で都心でも築年数が30年以上のものは色々気にかかる所があるだろうと、鼻からあまり探さずに新築を選んだ。
友人が購入したマンションは30年をゆうに超えているようだが、根気よく探せばあったのだろうか…など後悔の波がジワジワとどころでなく一気に私の心をのんだ。
売りたい。今のマンション、売りたい。
新築のマンション自体は申し分ない。むしろ気に入っている。エントランスや共用部も、遊びに来た友人にもとても好評だ。だがしかし毎朝のバスとヌー。引っ越したい熱が上昇、上昇を超えてむしろそれが平熱。代謝が良くなってる。
住んでいる街は派手さもなくおしゃれさも皆無だが、住むには居心地のいい地元感があり困ることのない場所だ。
バスかヌー、どちらかだけでもいいからなくなればいいのに。
バスが遅れなければまだいい。
ヌーが何割か減れば違うだろう。
それのどちらもどうにもならないので、どうにかなることを考えてみる。
そうなると引っ越しか転職しかない。
でもなんなら利便が良いところに住みたいからやっぱり引っ越しか。
ただ都内のお洒落地域に住みたい訳ではない。もちろん住めたら最高だが、お洒落な街に住めたからといって私がお洒落になる訳ではない。
私は太ってしまい、膝のない30過ぎの女となった。
お洒落な街を闊歩する脚はないのだ。
膝は肉に埋もれ、太いふくらはぎと太ももを繋ぎ可動する役目は果たしているが、正体は明らかではない。頭が揺れる白イルカのような輪郭だけがそこにある。
痩せたいな。膝に会いたいな。
膝が出る短い丈や、膝でつまることなく細身のパンツを履きたいな。
しばらく膝に会ってない。気付いたら太っていた私は、膝が行方を眩ましてどのくらい経つのかさえ分かっていない。
いつからか膝のない脚で、毎朝ヌーの群れの中踏ん張っていたのだ。
膝があれば、膝と一緒にヌーの群れにだって立ち向かえるのかもしれない。ハッとした。
どこかで引っ越すよりも、膝を探すことが重要なのではないか。
どこに住んでいたって、膝がなきゃ気分は暗いのだ。膝のある脚が、何よりも私の望み。
やっと気付いた。そうだ、全部、膝が見つかってから考えてみればいいじゃない。
パンがないならケーキを食べればいいじゃないと言ったあの人が、短パン姿で頭に現れる。
バスとかヌーとか、膝のある私で過ごすなら大したことじゃないかもしれない。
だって何より、膝がないことが一番つらい。
気付いたら私の熱は引っ越しから膝へ。
そして上昇した熱は物件情報からダイエット情報へ注がれる。
そして思い出す。
引っ越しよりもまず膝だと気付いたのは、もう2周目だと。前も1回ハッとしてたじゃん、自分。膝見つかってから考えようって言ってたのに、膝に会えない間に忘れてやんの。
そんな自分に愕然とし、車内で膝から崩れ落ちそうになったが崩れなかった。崩れる膝も、私はまだない。
京王線の中崩れることも出来ず、今朝もヌー達と共に向かう。