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長夜の長兵衛 水始涸 (みずはじめてかるる)

秋簾あきすだれ

 左が主で、右が従。
 いや、竹刀のように握ったのでは水気が残ってしまう。己の手に浮き上がる筋を見ながら長兵衛は苦笑する。
 雑巾を広げて一振りし、四つに畳むと、簾の目に沿って手を動かす。汚れは落としても、決して傷をつけぬよう。そのあと乾いた布で拭きあげる。最後に軒下へ吊るし陰干しする。
 兄さん、世話をかけますなあ。婆さまが番茶を入れてくださった。
 からりとした風が通ると、細い竹の編まれた簾の色が濃くなったり、境目がわからぬほどに光ってみたりなどする。揺らぐ裾の向こうに、すじのような雲が見え隠れして。


 なかなかに夏が名残り惜しゅうて、仕舞えずにおったども。綺麗にしてもらって、ほんに喜びます。爺さまがまだ元気なった頃に買うた古いもんですけど、年々味が出ますわ。
 味わいとは、もののいのちのことか。在りし日の爺さまと、婆さまがずっと手入れをしながら育んでこられたものの息遣い。
 巻き終えた簾を撫でる婆さまの横で、長兵衛は感じ取ろうとする。

<了>

 

  photo AC by toraemon

 本年の水始涸は、10月3日〜10月7日頃。遅れながらも続きます!

 



 こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
 また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
 長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。



お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。