長夜の長兵衛 蟄虫坏戸(むしかくれてとをふさぐ)
穴惑い
見慣れぬ顔だ、と思うたのである。
知っておる誰とも、違う。はじめて逢うた者なれば、至極当然のことであるが、それだけでない、深いところから震えを呼び起こすはなにゆえか。
銅十郎の心持ちを知ってか知らずか、その者は話しかけてくる。お山は、どちらの方角になりましょうか。
高めの声音に、俺より若い、と銅十郎は悟る。顔の作りが小さく、しきりに舌を出しては上唇を舐めている。
このまま真っ直ぐ進まれたなら、辻に地蔵さんがおわします。その向こうへ登り坂を行かれれば山になりまする。
ありがとう。
足元で落ち葉が鳴ったかと思うと、その者は遥か先にあった。なんと足の早いことよ。
この夏にお生まれになったばかりかもしれん。
長兵衛に言われ、銅十郎ははっとする。そういえばあの丸い目、白目というものがなかった。
考えるより感じてみよ、銅十郎。体は、まんまを伝えてくれる。
震えは、畏れであったのか。
穴惑いの蛇様の行かれた方へ、銅十郎は深々と頭を下げる。
<了>
pixabay by Candiix
本年の蟄虫坏戸は、9月28日〜10月2日頃。遅れながらも続きます。
蟄虫啓戸が3月5日〜3月9日頃。七十二候は、季節の巡りが対になっているものがいくつかあります。
こちらからは、ビューワー設定により縦書きでご覧いただけます。
また、以前に執筆しました二十四節気の物語と、今回の七十二候が順に並んで出てまいります。
長兵衛をお楽しみいただきやすくなっているかもしれません。
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