オーディブル記録②『プロジェクト・ヘイルメアリー』
本作を手に取ったキッカケは3つある。
同著者の前作、『火星の人』を原作とする『オデッセイ』が抜群に面白かったこと。
ゆる言語学ラジオで執拗に推されていたこと。
オーディブルのラインナップを漁っていたら視界に飛び込んできたこと。
そして聴いてみると、いやはや抜群に面白かった。
本作の魅力は色々と語れそうだ。重厚な科学考証、地球の危機を前にした超特急の政治劇、研究を通じて見出されていく地球の危機と、そのメカニズム。そして知的生命体とのファーストコンタクト…
特に自分にとって大きかったのは、グレースという主人公の魅力、そして彼が出会う異星人「イワン」との友情だった。
グレース
主人公グレースのポジティブで有能なキャラクターが良い。オデッセイの主人公と似たようなキャラクターだ。
冒頭、グレースは奇妙な室内で目を覚ます。身体はチューブにつながれ、全裸。そして記憶がない。自分の名前も思い出せない。そんな事態から、自分が今どこにいるのかを、身近な手掛かりから類推していく。徐々によみがえる記憶。
そんな彼が、自分がどこで目を覚ましたのか、周りの手がかりから推測しようとするパートからして面白い。コンパスが落ちてきて顔に当たった時、思ったよりも痛かった。そんなことがヒントとなり、重力加速度が地球よりも大きい可能性を考える。その仮説を検証するため、彼は即席で振り子を作る。振り子の周期はヒモの長さと重力加速度の2要因で決まるからだ。(ちなみに、振り子のくだりは物語の展開前に自分も予測できて気持ち良かった。)
こんな形で、次々と未知の事態に遭遇しては、アブダクションと仮説検証で前進していく。自分がどこにいるのか、アストロファージはどういう性質をもった生物なのか、知的生命体が渡してきたこの物体にはどういう意図があるのか、どうすればコミュニケーションが取れるのか。
よく観察する。有力な仮説を抱く。時には検証によってその信頼性を検証し、検証できる状況になければその仮説に命運を託して動いてみる。
グレースは知的に卓越しているだけでなく、知を愛しているし、勇敢さやユーモアといった美徳も持ち合わせ、そして悲劇性を背負ってもいる。完璧な主人公なのだ。
イワン
そして、本作のキモはなんといっても異星人”イワン”との交流である。
少しづつコミュニケーションの手段を増やして、互いのことを知っていく。互いに自分の種族の命運を背負って宇宙に旅立ち、そして自分以外のクルーが全滅していることが明らかになる。一人では背負いきれない運命を抱えていた時に出会った、別の星からのかけがえのない他者。異星人とのファーストコンタクトがこんなにも優しく、思いやりにあふれたものとして描かれるなんて。
まさにオーディブル向け
本作はオーディブルで聴くのに適していたと感じた。登場人物の少ない小説は、とても聴きやすい。男性ナレーター1名での朗読ではあるが、セリフの読み上げがキャラクターごとに演じ分けられており、目で文章を追うよりもよっぽど整理しやすい。
セリフの多いラノベなどでは、キャラクターごとにやや極端な口癖をつけることで、そのフキダシがだれのセリフなのかを明確化するという技法が採られているという。
オーディブルと読書を比較したときの利点として、ナレーターがキャラクターを演じ分けてくれるというのは意外と大きいのかもしれない。
それと、自分は情景描写を読み飛ばしがちなところがあるけど、オーディブルでなら聴かざるを得ないというのもあるかな。
オーディブルは小説向けなのかも、という思いも芽生えたのだった。