『婚活マエストロ』雑感

『成瀬は天下を取りに行く』で有名な宮島未奈による新作。

あらすじ

主人公は40歳独身、職業はなんとコタツ記事ライターだ。ほとんど人と話すこともなく、大学生のころからのアパートに住み続け、気ままに暮らしている。

そんな彼だが、ちょっとした縁から地元の婚活パーティー会社に関わる記事を書くことになり、取材のために婚活パーティーに参加することになる。

そのパーティーの司会進行を担当している女性はかなりの凄腕で、『婚活マエストロ』と呼ばれているという。

取材先のパーティーになんやかんや参加しているうち、主人公は少し婚活をするようになる。そしてある日、別の会社の婚活パーティーに参加してみると…

道中が楽しい

成瀬シリーズと同様、読んでて思うのは「道中がずっと楽しい」ということだ。ストレス要素があまりクドく書かれないこととか、ちょっとしたやり取りが軽快で楽しいことが要因だろうか。

一つ前に読んだ『何者』がちょうど好対照だった。そちらは「就活をどう描くのか」とか、「主人公たちそれぞれの結末はどうなるんだろう」とか、興味を惹かれることで最後まで聴くことができた。とはいえ、道中は重苦しかったり、主人公にイライラしたりする部分も多かった。つまり、道中はけっこうストレスも感じながら、それでも読む価値があるから読んでいたという感じなのだ。

一方で本書は抜群に読みやすく、また婚活というシチュエーションから楽し気でワクワクする雰囲気が漂っていた。そう、この本は道中をユルく楽しめる小説である。

自分はカタブツ

もう一点、読んでて気づいたのは、自分が主人公に対して手厳しい感情を抱いているという点だ。

なにしろ自分はコタツ記事ライターが嫌いである。質の低い情報を流し、ネットをつまらない場所に劣化させながらお金を稼いでいる。そんな職に40歳になるまで甘んじてきた主人公が婚活をするわけだ。

であれば、主人公には自分の送ってきた無為な時間を深く深く後悔してもらわないとスジが通らない。ましてや彼が婚活において成功を修めるのであれば、強烈な挫折や必死の努力が間に描かれていなければならない。

そんなことを当然視しながら、自分は本書を読んでしまっていた。

実際はどうかというと、ちょっとした挫折、ちょっとした踏み込みが描かれるぐらいであり、にもかかわらず主人公は幸せなゴールに到達する。いかん、自分の世界観がバグってしまう。

まあでも、これは自分の感覚に歪みがあって、一方的である可能性も考えないといけない。なんというか、コツコツ型で長らく生きてきたという自負が、逆に狭量さにつながっているんじゃないかという気がしてきた。


ともあれ、サクサクと楽しめる、婚活の世界も覗けるということで、オススメできる作品だった。


※余談だが、主人公が婚活バスツアーに参加した際、そのバスが滋賀大津に向かい、主人公たちがミシガンに乗るのには笑ってしまった。著者の滋賀推しは成瀬シリーズから一貫している。

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