
【本の感想】『猫の耳に甘い唄を』(倉知淳・祥伝社)
売れないミステリー作家の冷泉彰成は、弟子の久高享に創作テクニックを仕込みながら、執筆を続ける日々を送っていた。そんな折、冷泉の元に二通の手紙が届く。一通は女性からのファンレター、もう一通はファンレターのようではあるものの、「殺人と云う名の粛清を献上する」と書かれた怪文書だった。不気味ながらも悪趣味な悪戯だろうと捨て置くが数日後、今度は殺人事件捜査中の刑事が訪ねてきた。被害者の女性は半年前に冷泉にファンレターを送っており、殺害当日は冷泉と会う予定だと周囲に語っていたという。まったく身に覚えのない冷泉は潔白を訴え、一旦は事なきを得た。だが、再び殺人事件が発生。被害者はまたもや冷泉のファンだった。そして冷泉宛てにまたしても不気味なファンレターが――。
この小説には〈犯人の書いた文章〉が存在する。
同じ作者の『星降り山荘の殺人』的なふてぶてしさを感じますね……
事実、この部分(本文中ではゴシック体になっている)には何一つ嘘がない。
犯人の書いた文章は出てくるし、その文章では「ある重大な事実」が隠されている。
しかもそれに関連して、冷泉と久高が「アンフェアな文章」について論じる描写があるのがまた憎たらしいぜ!!
何を書いてもネタバレになりそう、という感想自体がネタバレになりそうな作品なので、あまり詳しく内容を紹介できないのが歯がゆい。
しかし全体を通して、ちゃんと「ある重大な事実」に繋がるヒントが散りばめられているので、決してアンフェアではない、と思う。
ただ、ミステリをまったく読まない人よりも、少しは読んだことがある人の方が楽しく読めるかも? と感じた。もちろん自分は楽しく読ませていただきました!
あと個人的には、倉知淳作品の黒い笑いが楽しめたのも良かった。
(最近の作品だと「本格・オブ・ザ・リビングデッド」(『死体で遊ぶな大人たち』(実業之日本社)収録)もその系統な気がする)
それまでの暗くて不気味な雰囲気から一転、「ある重大な事実」が明かされた段階で「なんだか雲行きが怪しくなってきたな?」と思っていたらナンセンスドタバタ劇が始まっていた。
上記のあらすじからこんなことになると想像できていた読者、いないだろ。
倉知淳作品の、「わりと大変なことになっているのに笑えてくる」状況、かなり好きなんですよね。
本作も連続殺人に発展しているし、犯人の身勝手な動機は救いようがないのだが、イヤさよりも面白さが勝っている。
これは倉知先生の書きぶりによるものも大きいと思う。深刻になりすぎないゆるさがあるというか…… カラッとした湿度の低さを感じる。
その辺りも含め、好みの作品だった。
(※以下、やや内容に触れます)
「ある特徴」について、意地でも「〇〇」とか「〇〇〇〇」とか言わないところに謎の品というかこだわりを感じる。ここも個人的には笑いポイントだと思う(「回りくどいわ!」的な)。
タイトルの元ネタになっている作品も既読&家にあったので見直したところ、そちらは全体を通して一人称で書かれていた。一方で『猫の耳に甘い唄を』は一部のみ一人称で、残りはすべて(最終ページも)三人称だった。構成の違いもあるとは思うが、ここもこだわりポイント?
元ネタ冒頭の有名な一文も意識しているのでは?
(順番は「3→1→2」と異なっているが)