まつほの浦の夕凪に
来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ |定家
まつほの浦(松帆浦)は淡路島の北端。聖武天皇が播磨に行幸した際、随行した笠金村(かさのかなむら)が長歌を詠んだ。陛下、おそれながら対岸にみえます松帆の浦にたいそう可愛い海女がいて、朝凪に海藻をとり、夕凪にそれを焼いて塩をとったりしているそうです。会いに行ってみたいものですが、海を渡る手段がありません。残念であります。いくら恋焦がれても、こちらの浜でうろうろするばかりです。なにせ、舟もなければ櫓もないので。
名寸隅(なきすみ、明石側の地名)の 舟瀬ゆ見ゆる(船着場から見える) 淡路島 松帆の浦に 朝凪に 玉藻刈りつつ 夕凪に 藻塩焼きつつ 海人娘子 ありとは聞けど 見に行かむ よしのなければ ますらをの 心はなしに たわやめの 思ひたわみて たもとほり(同じ場所を行ったり来たり) 我はそ恋ふる 舟梶をなみ |万葉集・巻六・九四○
これを聞いた聖武天皇、ならば舟をつくれ。朕も朝凪に玉藻刈り夕凪に藻塩焼く海女娘子に会うてみたいぞっておっしゃったか、おっしゃらなかったか。もしかすると笠金村は、陛下に舟つくりましょうよとお願いするための長歌だったか。
定家がそこにタイムスリップする。お願いをさらにプッシュしようという目論見だ。ここはぜひ、海女娘子がかれらを誘うパフォーマンスが必要だ。来ない人を待つ松帆の浦でどれだけ男を恋い焦がれているか、藻塩を焼いてみてるのよ。夕凪の無風で煙がどこにも行かないでまっすぐ立ちのぼってるでしょ?焦がれてるのは藻塩だけじゃないのよ。
いま、Spotify からエメルの Merrouh が聞こえてきた。「焼くや藻塩の身もこがれつつ」をアラビア語で歌ってるんじゃないかって曲に聞こえる。