峰のあらしも雪とふる
名もしるし峰のあらしも雪とふる山さくら戸のあけぼのの空
朝の空気を吸おうと思って少しだけ戸を開けてみたら、風に舞うは雪か花か、夜明けの空。しばらくそのまま見ていよう。縦に切り取られたフレームを、無数の花びらがほぼ水平に舞い散る。一瞬止まったり、回ったり、また水平に戻ったり。そして空の色は少しづつ、明るくなっていく。
「嵐山」の名の通り、風が桜を雪と降らせている。「名もしるし」は名も著し、有名なあの峰ということだ。「山さくら戸」は定家の時代からすると古い、もしかしたら使われなくなった言葉かもしれない。万葉集に出てくる。
あしひきの山さくら戸をあけおきて我が待つ君をたれかとどむる |詠み人知らず
「あしひきの」は山の枕詞。「山さくら戸」は山桜でできた戸か、山桜の近くにある戸か、はっきり意味はわからないという。その戸を開けたままわたしはあなたを待っているのに、いったい誰が引き留めているのでしょう。待ち遠しい気持ちをストレートに表現した歌である。この万葉時代の日本語を挿入することで、時間感覚が現在から離れる。まるで山さくら戸をあけおきてそのまま500年が経ったかのように。「ふる」は降るだけでなく経るのかもしれない。