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第2話| 書き出しはこんなかんじ

六月の朝は気持がいい。あじさいが咲いた。僕はみちもと作『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』を読み始めた。書き出しはこんなかんじ。

諸法の仏法なる時節、すなはち迷悟あり、修行あり、生あり、死あり、諸仏あり、衆生あり。

これって兄ちゃんが小学生の頃だったら、きっと読めないだろうな。でも今の辞書アプリってすごくて、レベルがいくらでも高く設定できる。1は初心者向け、2は中級者向け、3は並の専門家向け。どうせだから無限大にセットした。僕はこのアプリに「ダザイ」って名前をつけた。兄ちゃんがよくダザイオサムって言ってるから覚えたんだけど、あともうすこしでダサイのがイケてる。

ダザイは何でも知ってる。たとえば、みちもとはすごく高貴な生まれで、お母さんは藤原氏の血筋なんだって。お父さんは平清盛のブレインやってて、福原(いまの神戸だよ)に遷都するときマスタープランを作った。なんで都を移そうって思ったの? ってダザイに聞くと、「君はどう思う?」って逆に聞いてくる。

そうだな… 京都には桓武天皇以来の旧勢力がいっぱいいて、そいつら頭固いし、新しいことに全然ついていけないし、足引っ張るからじゃない?って言ったら、ダザイは「それは京都を出る理由かもしれないけど、福原に行く理由にはなってないよ」って言った。たしかに。

じゃあ、教えてよダザイ。

いつか教える。

今じゃないの?

正法眼蔵を読むのが先だろ?

そうだった。ダザイ、「諸法」って何?

「法」は物事って意味だ。「諸」が付いてるから、さまざまな物事。

なんで法が物事? 法ってルールでしょ? ダザイは首を振った。首振れるんだね。

この「法」は "dharma" の訳語なんだよ。

なに、それ?

"dharma" はサンスクリット語で、「ダルマ」って読む。古代インドの言語だ。仏典の多くがそれで書かれた。

三蔵法師が沙漠を越えて持って帰ったやつ?

そうだ。 “dharma” の文字列の中に dh と r があるだろ?

うん。

間に挟まってる a を無視して、 dhr を語根ていうんだ。

かたりね?

その方が響きはいいけど、ゴコンて読む。単語の根っこってこと。語根 dhr には「持続」の意味がある。

そっか。存在を持続と考えたんだね古代インド人。持続するから物が物で、事が事なんだ。ルールだって持続の一種だよね。一瞬しか通用しないルールはルールじゃないもんな..... じゃ、「仏法」の「法」はどうなるの?

(つづく)

画/富澤大勇

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