【フランクスターリングの法則】循環動態の基礎➀【心不全・補液の基本とフォレスター分類】
心臓は,全身血液を送るポンプの臓器です.
心臓は,ゴムのように伸縮する心筋のかたまりです.
心臓がポンプとして,「いかに血液を送り出せるか」は,「心筋がどの程度伸びるかに」によることがわかっています.
これを,フランクスターリングの法則と呼びます.
今回はこのフランクスターリングの法則を知ることから見えてくる,循環動態の基礎を解説します.
話が長くなるので,今日は第一部.
1.心臓はパチンコ
フランクスターリングの法則は,ゴムパチンコ(スリングショット)のようなものです.
ちなみに,ゴムパチンコとは以下のような道具です.
©尾田栄一郎「ONE PIECE」
2.心拍出を得ること:パチンコ玉を遠くに飛ばすこと
全身に血液を送り出す左心室を,ゴムパチンコのゴム部分としましょう.
すると,ポンプ機能の結果,送り出される心拍出量は,ゴムパチンコの飛距離です.
飛距離を伸ばしたいとき,どうしますか?
ゴムをより強く引っ張りますよね?
このゴムを引く力が前負荷です.
左心室にから見た前負荷は,左心房の圧.
左心房の圧は,≒左室拡張末期圧です.
よって,前負荷は,左室拡張末期圧で定量的に議論されます.
縦軸を心拍出量,横軸を前負荷(左室拡張末期圧)にしたとき,フランクスターリングの法則に基づいてひかれる曲線を,フランクスターリング曲線と呼びます.
以下が,フランクスターリング曲線です.
ゴムを強く引けばその分飛距離が伸びるように,前負荷を上げれば心拍出は増えるます.
フランクスターリング曲線に当てはめるとこんな感じ☟.
ゴムを強く引けばその分飛距離が伸びるように,前負荷を上げれば心拍出は増えるんです.
前負荷を上げる最も基本的な方法は,補液です.
補液をすれば,心拍出量は増えます.
3.補液をすることの意味【実はわかってないのでは?】
「補液をしたら心拍出が増える?そんなの,心臓専門でない私が気にすることじゃないでしょ!!」
と思った人.
きっとあなたが医療者なら,”補液で心拍出が増える”という事実は,絶対に関係なくなんてないんですよ.
だって,脱水の患者さん,診たことありますよね?
脱水とは,心臓からすれば,著しく前負荷が減っている状態ですよ.
パチンコでいえば,こう.
ゴムを引かな過ぎたら,パチンコ玉は飛んでいきませんよね?
前負荷が弱すぎると,心拍出が保てないんです.
そして,心拍出が減ると,血圧も下がります.
「脱水で血圧が下がる」とは,こういうことなんです.
目の前に,脱水で血圧が下がっている患者さんがいます.
あなたは,どうしますか?
そう.
補液するでしょう??
今回は,わかりやすく「血圧低下」を例にしましたが,心拍出量低下の徴候は血圧低下だけではありません.
脱水で腎機能が悪くなった人を,見たことがありますか?
これも,とても多くの医療者が経験のあることのはず.
これも,循環不全の徴候であり,心拍出量が減った結果です.
脱水の人が,補液をして元気になる.
こんな,医療の現場でありふれた現象も,フランクスターリングの法則に基づいているんですよ.
4.前負荷は高ければ高いほどいいのか?【うっ血性心不全登場】
「心拍出が減っては大変だ.間違っても脱水にならないように,補液をしまくって,前負荷をかけまくろう!!」
これが正解ではないことは,もちろん皆さん知っています.
そう.
過剰な補液(過剰な前負荷)の先に待つことは,肺うっ血です.
すなわち,うっ血性心不全です.
「前負荷♬前負荷♬」
とか思っていると気づかないかもしれませんが,(冒頭で話したように)左室にとっての前負荷とは,左室拡張末期圧 ≒ 左房圧です.
循環の順序をたどると,左房の手前にあるのは肺です.
左房の圧が上がれば,肺血管(肺静脈)にかかる圧が上がります.
ゆえに,左房の圧が一定の値を越えれば,肺はうっ血します.
治療は,利尿薬などで,前負荷を減らすことですよね.
まとめると
適切な前負荷とは
・循環不全にならない範囲
かつ
・肺うっ血にならない範囲
であり,そうなるように,補液や利尿剤などを使用して,私たちは循環動態を改善させています.
5.フォレスター分類とは:循環動態の治療指標
ここまで話ししたように,
循環動態の治療の基本は,前負荷の調整です.
補液や利尿薬を使用して調整するのが一般的です.
その際,目標となる指標の代表例が,スワンガンツカテーテルを用いたフォレスター分類です.
スワンガンツカテーテルを用いることで,心拍出量の指標である心係数や,左房圧に近似できる肺動脈楔入圧を計測できます.
心係数が低いと,前負荷不足で低心拍出の状態.
肺動脈楔入圧が高いと,前負荷過剰で肺うっ血(肺水腫)の状態.
このカットオフ値を,
・低心拍出:心係数 < 2.2 L/min/m2
・肺うっ血:肺動脈楔入圧 > 18 mmHg
としたのが,フォレスター分類です.
SubsetⅠ:心係数 ≧ 2.2,肺動脈楔入圧 ≦ 18
SubsetⅡ:心係数 ≧ 2.2,肺動脈楔入圧 > 18
SubsetⅢ:心係数 < 2.2,肺動脈楔入圧 ≦ 18
SubsetⅣ:心係数 < 2.2,肺動脈楔入圧 > 18
SubsetⅠが,循環動態として理想の状態です.
すなわち,前負荷の適切な範囲は,以下のようになります.☟
この前負荷の範囲を目指して,補液や利尿薬を使用していくわけです.
まとめ と 次回予告
今回は,ゴムパチンコのようなフランクスターリングの法則と,それによって理解できる,前負荷の重要性を説明しました.
前負荷は,足らなければ,脱水に代表されるような循環不全状態となり,過剰であれば,肺うっ血となります.
よって,私たちは,前負荷を多すぎず少なすぎずの範囲でコントロールしなければならないのですが,その治療目標指標が,フォレスター分類です.
今回の話はここまで.
鋭い人や,ご存知の方は気づいていると思いますが
「さっきのフォレスター分類の図,SubsetⅣにならなくね??」
実際に,このようなフランクスターリング曲線の方の管理は,まだ簡単です.
大変なのは,フランクスターリング曲線が低い,重症心不全の症例.
この曲線の高さは,心機能(収縮能,拡張能,弁膜症など)や後負荷に左右されるんですが,その話はまた次回以降で.(≫第2回)
本日もお疲れ様でした.