【続】文(韓)一族の骨肉の争い(王子の乱・宦官の乱)
以前の記事『文(韓)一族の骨肉の争い(親子喧嘩・兄弟姉妹喧嘩)』で、2009年(文鮮明教祖は健在)に韓鶴子夫人と文国進氏(四男)および文享進氏(七男)が文顕進氏(三男)を追放した王子の乱と、2013年(文鮮明教祖の没後)に韓鶴子総裁が文国進氏(四男)および文享進氏(七男)を追放した宦官の乱(家臣の乱)(昨日の味方は今日の敵)についてふれましたが、その経緯が裵淵弘(ベ・ヨンホン)氏の10年前の記事に平易にまとめられていることを書き忘れました。
文鮮明教祖が亡くなってから11年足らず、韓鶴子総裁が独裁体制を敷いてから10年余りしか経っていないことにも留意しながら、お時間があれば、目を通してみてはいかがでしょう。
また、王子の乱と宦官の乱(家臣の乱)との間にアルジャジーラが制作したドキュメンタリー番組もたいへん参考になります。文国進氏(四男)が流暢な英語でインタビューに応じる一方、現在ではアーマライト・ライフルAR-15を奉るサンクチュアリ教会を率いる文享進氏(七男)が武闘派であることもよく判ります。(自動生成された英語字幕をオンにして)ご覧ください。
尚、昨年(韓国からみて)海外で発生した銃撃事件とは異なり、王子の乱と宦官の乱(家臣の乱)は韓国でも大きく報道されたようです。
さて、古今東西、数多の組織に君臨するトップの蔭で「大番頭」や「金庫番」と称される人物がナンバーツーとして権勢を振るうケースは珍しくありませんが、王族や家臣の陰謀が渦巻く朝廷を描いた韓流映画や韓流ドラマ(史劇・時代劇)を彷彿とさせる王子の乱と宦官の乱(家臣の乱)はこのナンバーツーのグループが主導したそうです。
(注)養子縁組に関する報道は下火になりましたが、経済的に余裕がある教祖一族や(複数のテレビ番組が取り上げた)経済的に余裕はない(南津軽在住の)山上一家(安倍晋三元首相を銃撃した山上徹也被告とは無関係)は例外としても、旧統一教会において子だくさんな家庭は少なくないようです。
旧統一教会においては、長年、朴普煕(パク・ポヒ)氏がナンバーツーとして(草創期には朴軍事政権やKCIAの庇護も受けながら)急成長した教団および関連団体の米国における活動を中心に支えたようです。
教祖が全幅の信頼を寄せていたのでしょうか、次女・朴(文)薫淑(パク(ムン)フンスク)氏は交通事故で夭折した教祖の次男・文興進(ムン・フンジン)氏と死後に結婚し、次男・朴珍成(パク・チンソン)氏は教祖の次女・文仁進(ムン・インジン)氏と結婚したそうです。弟の朴魯熙(パク・ノヒ)氏と妻である文蘭英(ムン・ナニョン)氏も旧統一教会および関連団体の要職を歴任しました。
次にナンバーツーの地位に就いたのは教団の企業活動を統括し資産を管理していた郭錠煥(カク・ジョンファン)氏でしたが、アジア通貨危機で傘下の主力企業の経営が破綻した後、娘婿である教祖の三男・文顕進(ムン・ヒョンジン)氏と一緒に追放されたそうです。
昨年、銃撃事件の直後に記者会見を開き、旧統一教会を批判したことは広く報道されました。
教祖の三男・文顕進(ムン・ヒョンジン)氏に続いて、教祖の四男・文国進(ムン・クッチン)氏と七男・文亨進(ムン・ヒョンジン)氏を追放し、神さまの独り娘(独生女・トクセンニョ)(救世主?)として神格化を進め、韓鶴子総裁の最高指導者としての地歩を固めた古参幹部グループのリーダー金孝律(キム・ヒョウユル)氏もナンバーツーと称されたそうです。
当初は教祖夫人の庇護を受けながら聖地・清平を中心に暗躍した金孝南(キム・ヒョナム)氏(韓鶴子総裁の亡き母親(洪順愛(ホン・スネ)氏)が再臨した霊能者)の不正追及や排除に手間取り、権力基盤は盤石ではなかったようですが、王子の乱と宦官の乱(家臣の乱)では中心的な役割を果たしたそうです。
尚、2008年7月19日に教祖夫妻が搭乗していたヘリコプターが不時着(墜落)したことについて、以前の記事『ヘリで不時着後もプライベートジェットで旅する旧統一教会の総裁ご家族や幹部ご一行』でふれましたが、金孝律氏も同乗していたそうです。
その後、更なる権力闘争を経て、韓鶴子総裁の信頼が厚い尹鍈鎬(ユン・ヨンホ)氏が3年前からナンバーツーの座に君臨しているようです。幹部に信仰二世・三世が多い教団や関連団体において、(李信惠(イ・シネ)夫人は信仰二世ですが)信仰一世であるにも関わらず尹鍈鎬氏は頂点へ登り詰めたようです。
尹鍈鎬氏は教祖一族と縁戚関係にないため、もし韓鶴子総裁が倒れるようなことがあれば足元が揺らぐ可能性はありますが、例えば(清州会議で三法師(織田秀信)を担いだ羽柴秀吉のように)徐々に表舞台に立つ機会が増えた教祖のお孫さん達(2008年に没した教祖の長男・文孝進(ムン・ヒョジン)氏のお子さん達や教祖の長女・文誉進氏のお子さん達)を担いでナンバーツーの座を維持するかもしれません。
『教祖の孫と祝福結婚した日本教会幹部の子女 ー 家族に従う / 家族に抗う2世・3世』
統一教会が貪る「2018年平昌五輪」/裵淵弘
統一教会が貪る「2018年平昌五輪」(『新潮45』2013年11月号)
裵淵 弘 ベ・ヨンホン( ジャーナリスト)1955年 東京 生まれ。 AFP通信社 東京 支局、AP通信社 ソウル支局 写真記者などを経て、著述活動に入る。主な著作に『サムスン帝国の光と闇』『朝鮮人特攻隊』『中朝国境をゆく』など。
ソウルから約六〇キロ北東の京畿道加平群雪岳面松山里の一帯に、「世界平和統一家庭連合」(一九九七年に「世界基督教統一神霊協会」から改名)、あの統一教会が建設した広大な聖地がある。八〇〇万坪におよぶ敷地に、ルネッサンス様式の白亜の「天正宮博物館」をはじめ、「天宙清平修練院」、「清心国際病院」、「清心神学大学院」、そして昨年三月に完成した二万五〇〇〇人収容可能の「清心平和ワールドセンター」が次々と姿を現す。
八月二二日午後、その一角にある教団の高齢者福祉施設「清心ビレッジ」のロビーで、同教団の日本人牧師に近づいた五〇代の日本人女性が、五リットルのプラスチック容器にいれたシンナーを牧師と自分にかけ、ライターで火をつけた。二人はすぐ病院に搬送されたが、ともに大やけどを負い意識不明の重体に陥った。
女性は合同結婚式で韓国人男性と結婚したが、数年前に離婚し、韓国で一人暮らをしていたという。
韓国在住の日本人女性信者は約一万人。布教目的で嫁不足の農村に嫁がされるケースが多く、各地で問題が頻発している。昨年八月には、生活苦と介護疲れから韓国人の夫を絞め殺す事件も発生している。
しかし、今回の事件はまったく別の意味で注目された。事件翌日、清心平和ワールドセンターで国内外の信者約二万人を集め、教祖文鮮明(ムンソンミョン)の一周忌追悼行事が予定されていたからだ。
文鮮明は昨年九月に死亡。その数年前から、教団は教祖の息子たちによる後継者争いが原因で分裂し、脱会者が相次ぐ事態に直面していた。日本人女性の犯行も、教団の分裂と関係があるのではないかと疑われたのだ。
王子の乱
文鮮明は二三歳年下の韓鶴子(ハンハクチャ)(70)との間に七男六女をもうけた。いずれも米国育ちで、薬物依存症の長男が心臓麻痺で死亡、高校生だった次男が深夜のハイウェイ運転中に交通事故死、六男がラスベガスのホテルから飛び降り自殺するなど、不運が続いた。そして、事実上の長男となった三男の文顕進(ムンヒョンジン)(44)が九〇年代半ばに米国から帰国し、父親公認の後継者と目されるようになった。
当時、顕進の岳父の郭錠煥(クァクジョンファン)は、統一教会の企業群「統一グループ」を統括し教団資産を管理する「世界基督教統一神霊協会維持財団(統一財団)」の理事長の座にあり、文鮮明に次ぐ教団ナンバー2の実力者だった。だが、九七年に発生したアジア通貨危機の影響で、統一重工業や韓国チタニウムなどグループの主力四社が相次いで経営破綻。米国で銃器会社を経営していた四男の文国進(ムングッチン)(43)に理事長職を譲ると、盤石に見えた後継体制が一気に揺らぎ始めた。
教団経営の実権を握った国進は、米国から呼び寄せた七男の文亨進(ムンヒョンジン)(36)を宗教指導者に祭り上げ、兄の顕進に対しては、米国に本部を置く「統一教会世界財団(UCI)」の会長職以外の肩書はすべて奪い取った。韓国で「王子の乱」と呼ばれるこの骨肉の戦いに敗れた顕進は、UCIを基にワシントンで設立した「GPF財団」という宗教団体を通し、統一教会と袂を分かつことになる。
顕進が率いるUCIは全米の鮮魚卸売市場を独占する「トゥルー・ワールド・フーズ」を含め六つの会社を傘下におく「トゥルー・ワールド・グループ」(本社ニュージャージー州エリザベス)の実質的オーナーである。また、ソウル江南地区にあるマリオットホテルおよび隣接する複合施設「セントラルシティー」の運営権も持つ(昨年一〇月にサムソン財閥系「新世界百貨店」に合わせて約九〇〇億円で売却)。さらに、米国の航空会社「ワシントンタイムズ航空」を傘下に収めるが、同社は母親の韓鶴子が理事長を務める「世界平和統一家庭連合宣教会」を相手に約一八億円を横領したとして、告訴までしている。
一家の泥沼の財産争奪戦はこれにとどまらない。最大の争点となっているのが、国会議事堂など国の中枢機関が集中するソウル汝矣島にある統一財団の土地だ。LG電子本社とMBC放送局に挟まれた都心一等地にある一万四〇〇〇坪の土地は、日本で霊感商法の被害が続出した七〇年代に文鮮明が購入した曰くつきの物件だ。
李明博政権時代、この土地に隣接した場所で「ソウル国際金融センター」(56階)の建設が決まり、ソウル市が同地域を「国際金融中心地」に指定。再開発の目玉となるのが、教団の土地に建設される二棟の超高層ビル(72階と56階)と複合商業施設だった。
顕進の後ろ盾であった郭錠煥が統一財団理事長だった〇五年、教団は海外のデベロッパーとの間で、この土地の九九年間の地上権設定契約を結んでいる。ところが、顕進失脚後、契約相手の金融投資会社「Y22」の大株主がUCIであることが判明し、国進は狼狽した。契約無効を訴え一〇年一〇月に地上権登記抹消訴訟を起こし、すでに四分の一の工程を終えていた工事を中断させるのだが、逆に、Y22側に工事中断による損害賠償訴訟を起こされ、窮地に追い詰められた。
国進は理事長就任直後の〇六年に、Y22と契約内容を微修正する再契約を結んでおり、裁判に勝つ見込みはない。一審、二審で統一財団敗訴の判決が下され、近く最高裁が同様の判決を下す見込みだ。損害賠償額は約五〇〇億円にのぼると見積もられ、教団は巨大な負債を課されることになりそうだ。
認知症を患うメシア
組織を分裂させた息子たちの財産争いが続くなか、教団に君臨する教祖の文鮮明はいったいなにをしていたのか。先述の地上権登記抹消訴訟が起こされる四カ月前、滅多に姿を現すことのない文鮮明の動画が一時ネットに流された。
聖地、天正宮博物館で暮らす文鮮明をとらえた一五分の映像には、教祖が七男の亨進を後継者に指名する「宣布文」を書く様子が映し出されていた。
だが、九〇歳の文鮮明は認知症を罹っているようにしか見えず、〝メシア〟と崇められた姿とはほど遠い。その教祖に向かって、夫人の韓鶴子がこう詰め寄る場面がある。
「(統一教会)世界本部会長(亨進)だけに従わなくてはならないと書かれないのですか? それがお父様(文鮮明)のお言葉ではありませんか? 統一の食口(シック)(信者)はみな、世界宣教本部の公文の指示事項だけを認めよとサインしてくださること……、イヤですか?」
その宣布文に、文鮮明は拙い文字でこう書き記していた。
<天宙平和統一連合本部も絶対唯一の本部だ。その代身者、相続者は文亨進だ。その他の人は異端者で爆破者である。以上の内容は父母様の宣布文である>
「異端者で爆破者」とは、教団から〝サタン〟と宣言された三男の顕進と郭錠煥を指すようだ。また、文中の天宙平和統一連合は、文鮮明が〇五年に米国で設立した統一教会の下部組織のことで、正式名称に「統一」の文字は入らない。だが、傍らにいる夫人は意に介さず、亨進に与えられた最高位職である「世界本部会長」の文字を書くよう何度も催促していた。文鮮明が「なぜそんなにしつこく言うのか、え?」とくってかかったり、夫人が呆れた表情でため息をつく姿まで映し出された。
要するに夫人は、弟の亨進の宗教的権威を確立するため、教祖直筆による後継者指名の公文を書かせていたのだ。宣布文は教団のホームページに掲載され、その動かぬ証拠として動画がネットに流されたのだ。教団関係者によると、撮影したのは亨進の妻らしい。
動画が撮影された二年後の昨年九月、文鮮明は老衰で死亡。韓国に残された資産は少なくとも約一〇〇〇億円と見積もられる。遺言となった宣布文もあり、国進と亨進による二人三脚の教団運営が始まるかに見えた。
宦官の乱
ところが、教祖が死んだ直後、権力構造に再び異変が起きる。教団が最高指導者の亨進を米国に帰国させたうえ、すべての役職を解いて失脚させてしまうのだ。指示したのは、宣布文で亨進を後継者に指名させた母親の韓鶴子とみられる。
解任された後、彼は信者に宛てた手紙で、その時の心境を打ち明けている。「真のお母様(韓鶴子)は、私たちに米国教会の責任を持つ地位(米国統一教会総会長)から引き下がるよう指示されました。私と妻は、解任事由に対してなんの説明も案内もなく解任指示を受け、少なからず驚きました。この度の辞任要求は、真のお父様(文鮮明)が亡くなってから三回目のものでした。こうした決定に傷つかなかったと言えば嘘になります」
亨進が解任された翌月の今年三月、統一財団理事長兼統一グループ会長の国進も電撃的に解任される。汝矣島の土地をめぐる訴訟の責任が、表向きの解任理由だ。
結局、三人の息子が一掃される形で後継者争いは終結したが、母親が自分の息子たちを追放した理由がはっきりしない。
今年になって教団を脱会した元信者によると、解任劇で主導的役割を果たしたのは、文鮮明に四〇年間奉仕した金孝律(キムヒョユル)(家庭連合宣教会財団副理事長)という人物を中心にした古参幹部グループだという。金孝律はワシントンタイムズ航空の横領事件で顕進が起こした裁判の被告でもある。元信者が声を潜めて語る。
「文鮮明が死去する直前、四男と七男が、金孝律に後継に関する遺言を聞き取るよう頼んだらしいのですが、逆にその事実を暴露された。それが彼らの失脚の直接的な原因になったといわれます。三男の顕進を失脚させたのも彼だったようです。実は、文総裁は金孝律という人物を、あまり信用していなかったと複数の幹部が証言しています。彼が近しかったのは夫人の韓鶴子です。教祖なき教団で、今後、信者が増える見込みはないと考えた古参幹部らは、韓国語もろくにできない息子たちより、夫人を飾りに教団経営を維持するしか道はないと判断したのでしょう」
企業論理を優先し、教祖の意向を無視して実権を握った金孝律グループ。「王子の乱」に次ぐ彼ら「宦官の乱」により、図らずも韓鶴子が最高指導者の地位に躍り出た。冒頭の追悼行事に息子は一人も参加できず、今後、彼らの復帰が認められることもなさそうだ。
五輪会場となるスキー場
国進が在職中に断行したリストラにより、二二社に削減された統一グループも、今は一三社しか残っていない。飲料水の「一和」や自動車部品製造の「TIC」、建設業の「ソンウォン建設」や「一信石材」などだが、そのなかで将来を有望視されているのがレジャー産業の「一尚(イルサン)海洋産業」と「龍平(ヨンピョン)リゾート」だ。一尚海洋産業は、韓国南海岸にあるリゾート地の麗水で昨年開催された万国博覧会(海洋博)に合わせ、韓国政府が「国際海洋観光団地」に指定した一帯で、高級ホテルやゴルフ場の「ジ・オーシャンリゾート」を運営している。
教団がレジャー産業に本格的に乗り出すのは、韓流ドラマ『冬のソナタ』のロケ現場になった龍平リゾートを買収してからのことだ。〇三年に親会社の経営不振で九割以上の株が売りだされた時、統一グループの「世界日報社」が約一八〇億円でまるごと買い取り、後に統一財団が大株主になった。韓国政府が招致を進めていた平昌冬季五輪で、同リゾートが会場になることを見越しての先行投資だったが、一八年の開催決定により、土地の値上がりによる宿泊施設の分譲販売などが伸び、今年上半期だけで約二五億円の売上をあげた。
平昌冬季五輪の主な競技は、地元の江原道が開発した「アルペンシアリゾート」で開催されるが、すぐ近くの龍平リゾートでもハイライトとなるアルペンスキー大回転や回転が行われる。韓国で最初にリフト施設を整備した龍平リゾートには、海抜一四五八メートルの頂上から滑降する九面のスロープがあり、ゲレンデには高級ホテルやコンドミニアムが建ち並ぶ。
平昌冬季五輪の経済効果は約五兆円と見込まれ、その最大の受益者は統一教会だ。失脚前の亨進は経済紙とのインタビューでこう語っていた。
「龍平リゾートやジ・オーシャンリゾートなど、統一グループが運営するレジャー施設の統合経営を通して、世界的水準の総合リゾート網を構築する」
万博特需に次ぐ五輪特需。教団が狙う次なるレジャー利権は、どうやら北朝鮮にある。
今年七月二七日、北朝鮮で自動車を生産する統一教会系企業「平和自動車」の朴相権(パクサンゴン)社長が、平壌で開かれた「戦勝節(朝鮮戦争休戦協定日の北朝鮮側呼称)」六〇周年の式典に招かれ、金正恩(キムジョンウン)第一書記と面会する異例の待遇を受けた。式典参加後、朴社長は北朝鮮東海岸の元山市近くにある馬息嶺(マシクリョン)(海抜七六八メートル)で建設が進むスキー場を訪ね、写真やビデオを韓国メディアに紹介している。
今年二月に実施された三度目の核実験以降、北朝鮮は休戦協定白紙化宣言や開城工業団地の稼働中断など、挑発をエスカレートさせてきた。戦争も辞さない強硬姿勢の一方で、国内では大規模なスキー場の建設をしていたわけだが、その狙いがどこにあるのか、北朝鮮の意を汲んで動く朴社長に注目が集まった。なにしろ朴社長は、この二〇年間に二一五回も訪朝するほど北朝鮮指導部からの信頼は厚い。
今回の訪朝の二カ月前、北朝鮮最高人民会議常任委員会で「経済開発区法」が制定されている。経済特区とは別に、金剛山、白頭山、七宝山、開城、平壌、元山の六つの地区を観光特区に指定し、外国人観光客を誘致するのが狙いだ。なかでも金正恩が熱を入れているのが元山(ウォンサン)特区で、その中心となる施設が馬息嶺スキー場である。
朴社長によると、元山特区開発には朝鮮人民軍兵士三〇万人が動員され、元山市内にある空軍の葛麻空港もすでに民間転用され、名を「元山空港」に改めたという。
幅四〇~一二〇メートルのスロープ四面にホテルも併設される馬息嶺スキー場は、年内完成を目指し急ピッチで工事が進んでおり、八月末に日本の一部メディアにも現場が公開された。その数日後、北朝鮮の国際五輪委員会(IOC)委員が、馬息嶺スキー場で平昌冬季五輪の南北分散開催が可能だと発言するに至り、北朝鮮の描くシナリオが次第に明らかになってくる。
サッカーワールドカップと異なり、オリンピックはIOC規定により開催国の都市で行わねばならない。だから、南北共催や分散開催はあり得ない。ただ、平昌冬季五輪が開催されれば、ついでに馬息嶺スキー場の国際的な知名度があがるのは間違いなく、観光客誘致も夢ではない。
平昌の二月の降雪量は過去一〇年間の平均で三七・一センチ。長野五輪の会場になった白馬村に比べるとかなり少ない。また、地球温暖化の影響で降雪量は毎年減少傾向にあり、〇九年は平均を一〇・八センチも下回った。同じことが開催年に起きないとも限らないので、韓国気象庁はヨウ化銀などを使った人工降雨の実験を繰り返しているが、成功率はあまり高くないようだ。
それに比べ約二〇〇キロ北にある馬息嶺には雪不足の懸念がない。馬息嶺は日本統治時代の一九三〇年、日本人が朝鮮で最初のスキー選手権大会を開催した場所としても知られ、恵まれた立地条件は推して知るべしである。分散開催が無理でも、南北宥和が進めば、韓国人スキー客が押し寄せてくるのは明らかだ。
北朝鮮は馬息嶺スキー場を避暑地としても活用し、年に二五〇日運営する計画らしい。一人当たりの入場料五〇ドル、一日の訪問客を平均五〇〇〇人と想定しているので、年間売上はざっと六二五〇万ドルに達する。
開城工業団地で働く労働者約五万三〇〇〇人の年間賃金から当局が横取りする額は約八〇〇〇万ドル。中断している金剛山観光では年間約四〇〇〇万ドルの収益をあげていた。それに匹敵する新たな金づるが生まれるのは、もはや時間の問題のようだ。
この北朝鮮レジャー利権に、統一教会はどう食い込むつもりなのか。
北に貢ぎ続ける教団
統一教会と北朝鮮の因縁は古く、教団草創期にまで遡る。
平安北道定州郡生まれの文鮮明は、一九四八年、女性信者に対し性的に淫らな儀式を行っていたとして朝鮮労働党当局に拘束され、収容所送りとなるが、朝鮮戦争のどさくさで脱獄。避難先の釜山で布教活動に入り、戦後ソウルで「世界基督教統一神霊会」を立ち上げた。その時掲げた教義が共産主義に勝つという「勝共」だった。六八年には「国際勝共連合」を結成して本格的な勝共運動を始め、日本でも信者を議員秘書として送り込むなど政界に深く入り込んだ。
一方で、七〇年代から九〇年代はじめにかけ、日本で大理石の壺や多宝塔を使った霊感商法で荒稼ぎをし、現在の経済基盤を築いたとされる。
だが、共産圏国家の連鎖崩壊が現実となり、「勝共」が色褪せてしまうと、文鮮明は教義を「統一」に修正し始める。北朝鮮との接点を模索するうち、マダム朴の異名を持つ在米韓国人女性実業家の朴敬允(パクキョンユン)と知り合い、水面下の交渉が始まった。こうして実現したのが九一年一一月の文鮮明・金日成(キムイルソン)会談で、意気投合した二人は〝義兄弟の契り〟まで結んだ。
この時の会談で、金主席が「世界的な組織網を持つ文総裁が金剛山開発をしてくれることを望む」と語ったことが、教団が北朝鮮の観光事業をてがけるきっかけとなった。統一教会と朴敬允は、北朝鮮の「アジア太平洋平和委員会」(対韓国戦略を担う労働党統一戦線部傘下の機関)と共同出資して「金剛山国際グループ」を設立し、金剛山観光事業が動き出した。社長に就任したのは朴相権だった。
九四年一月、文鮮明側近の朴普熙(パクポヒ)が、霊感商法で訴えられた日本の統一教会系企業「ハッピーワールド」幹部を連れ金日成を表敬訪問し、金剛山観光の妥当性調査報告書を提出。二日後、内閣に相当する政務院が、金剛山開発予定地の五〇年間の土地利用権、第三者との合弁権などを金剛山国際グループに与える委任状を出す。この合意のため巨額の裏金が北朝鮮に渡ったと、後に朴敬允は明らかにしている。
だが、事業は思うように進まなかった。北朝鮮で核開発疑惑が発覚し、クリントン政権が核施設の限定爆撃を計画するなど、観光どころではない。状況に変化が生まれるのは、九八年初めに太陽政策を掲げる金大中政権が発足してからだ。同年六月、韓国最大の財閥、現代グループ創業者の鄭周永が訪朝を果たし、一一月から「現代峨山」による金剛山観光が始まるのである。
契約を反故にされた統一教会は、それでも北に貢ぎ続けた。同時期に教団の平和自動車が北朝鮮国営の「朝鮮連峰(リョンボン)総会社」と七対三の比率で出資し、南北合弁の「平和自動車総会社」の設立に合意。理事長(社長)に朴相権、副理事長にハッピーワールド幹部の小柳定夫を就任させた。初期五年間の投資額は三億ドルに達し、日米の教団資金がつぎ込まれたと考えられている。
平安南道南浦市に工場を建設した平和自動車総会社は、イタリアのフィアット社の部品をノックダウン生産で売り出し、〇八年から黒字を出し続けている。乗用車の「フィパラン(口笛)」やミニバスの「三千里」は今まで約一万台を売りさばいた。教団はこの他にも、自動車部品会社や注油所、平壌市内の普通江ホテルなどの現地法人も運営することになる。
冬季五輪前に金剛山観光再開
昨年末、朴社長はその平和自動車総会社を含むすべての株を、北朝鮮に無償で譲渡してしまう。教団の説明によれば、株譲渡は生前の文鮮明の意思を尊重し、総裁に就任した韓鶴子が朴社長に指示したのだという。
先述の戦勝節式典で金正恩が朴社長を厚遇した背景には、こうした事情があり、その見返りが馬息嶺スキー場の利権である可能性は十分にある。
同舟相救う統一教会と北朝鮮。彼らの当面の目標は金剛山観光の再開だ。〇八年に韓国人女性観光客が北朝鮮兵士に射殺された事件を機に、観光は中断されたままになっている。続く一〇年に発生した韓国海軍哨戒艦沈没事件により、韓国政府は開城工業団地を除く南北の人的・物的交流を全面的に中断する「五・二四措置」を発表した。
二年前の金正日誕生パーティーに朴敬允とともに参加した朴社長は、朝鮮労働党統一戦線部長の金養建(キムヤンゴン)書記に、「現代グループに与えた金剛山観光の独占権を破棄しようと思います。その仕事を手伝ってもらいたい」と相談されていた。だが、同措置が解除されない限り、馬息嶺スキー場どころか金剛山観光にも目途がたたない。
北朝鮮は九月二五日に予定されていた南北離散家族の再会事業をテコに、同措置を解除させようとしたが、韓国側の消極的な態度に業を煮やし、強硬姿勢に逆戻りしている。挑発は宥和を引き出す常套手段なので、韓国政府が無条件で措置解除のカードを切ることはないが、五輪開催中に軍事挑発でもされたらたまったものではない。遠からず朴槿恵(パククネ)政権は観光再開に踏み切るしかなさそうだ。
金剛山観光は〇四年に陸路ツアーが始まってから観光客が増え始め、現代峨山の売り上げも年間二〇〇万ドル以上に達したことがあった。統一教会がスキー観光を独占すれば、同規模の利益がもたらされ、瀕死の教団が息を吹き返すことになりかねない。
Is the current Unification Church Innovation? Or is it another new religion?
Kim Jong Suk、金鍾奭(キム・ジョンソク)
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