ハゲる恐怖と戦う心境
僕は長年、小学校の同級生の母親が営んでいる散髪店に通っている。その人は、家族的な意味と他人的な意味が共存する、とても心地が良い距離感だ。実際、理容師としての腕もよく、私はとても気に入っている。小学生の頃から気心が知れた家族以外の大人だった。
1月5日、私は起床してすぐ、その散髪店に向かった。自転車で2分で到着するから上着なんか着ていかない、今まで何十回と通った道だ。寒さが体の骨まで浸透していく前に目的地に到着し突き破る勢いでドアを開け放つ。
「こんちわー」
「5分遅刻してる。次のお客が来るからちゃんと時間通りに来なくちゃだめよ!」
23歳になろう僕を、子供を窘める言い方で注意しながらも、理髪店のオーナー兼同級生の母親は寝癖が付いたままの私を快く迎え入れてくれた。
彼女は椅子に私を座らせた後、
「大学行くときは寝癖直して行きなさいよ。モテないよ」と笑いながら、霧吹きで私の髪の毛に水分を含ませる。
そして、次の瞬間、心地いい空間を瞬く間に壊す言語を言い放った。
「あれ、生え際がちょっとだけ後退してない?」
その言葉を聞いた瞬間、私の心境を一言で表すと“絶望”になる。私にとって北斗神拳伝承者の「お前はもう死んでいる」という言葉よりも確実な死刑宣告だった。新年早々から心臓を両手で握り潰されるような感覚だった。
ついに、毛根との別れが始まってしまった。私は毛根と決別する決心など少しもついていない。きっと毛根だってそう思っているに違いない。しかし、生まれながらにして遺伝子に刻みこまれた呪いは、確実に私達を別ち始めているのだった。
父親から語られた言葉を思い出す。
「自分は禿だと自覚するのに10年かかった」と。
これほど、恐ろしい言葉はない。今後十年間苦しまなくてはいけないことが決定しているからだ。確定事項。
そして、今後十年間自分は、努力し続けなくてはならないのだ。禿げないために。
毎日欠かさず、まだ存在している神(髪)に祈りを捧げ、頭皮を初孫のように可愛がる生活する。東に良き育毛剤があれば、行って頭皮に優しく塗り込み、西に髪に良い食材あれば、行って我先に買い占める、そういう人に私はなるのだ。
父方の親戚は全員が禿散らかしている。ただ禿げているのではない、揃いも揃って禿げ散らかしている。その様子は生きとし生けるものは遺伝子に抗うことはできないことを、眼前に突きつけてくる。我が一族が背負う禿スパイラルの呪いから逃げることはできない。しかし、だからこそ育毛に手間とお金を惜しまず注ぎ込むことが、これから散っていく彼ら(毛根)に対しての精一杯の餞別だ。
禿てからも人生は続く。もしかしたら、禿げてからの人生のほうが長いかもしれない。前述したように、親戚のオジサン達は揃いも揃って頭髪がない。しかし、禿げていても明るく笑う姿は、毛根を失ってしまう恐怖に囚われている心を救い出してくれた。
明るいオジサン達も、かつては豊富に髪資源を持っていたに違いない。彼らも、少しずつ少しずつ砂漠化していく自分自身の頭部を恨んだこともあったはずだ。しかし、現在はハゲを自虐ネタにして、親戚一同の前で笑いを取っている。(笑っているほうも禿げ散らかしている)。
この笑いあっている人たちは、先祖代々受け継がれる二重螺旋に搭載された呪いを、他人を楽しませる道具に昇華したのだ。
親戚同士で集まると、いつもオジサン達の頭皮が太陽光を反射して輝いていた。その光は、私の網膜を貫くだけではない、禿げてからも続いていく私の未来を、優しく照らしていた。