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その男、妖艶につき

バンコランを見て育ちました。

バンコランは『パタリロ!』に出てくるキャラクター(人間)です。
『パタリロ!』は『花とゆめ』に連載された、ジャンルとしては少女漫画になるらしいですが、私にとってバンコランはロールモデルでした。
バンコランは、思春期の男子が憧れる要素満載なのです。

まず、クールでニヒルな佇まい。いろいろこじらせている男子は、ひたすら前向きで屈託のない翼くんより、冷静沈着で孤高のバンコランに惹かれます。
次に、不死身の強さ。といっても、悟空やケンシロウのような超人的強さではなく、バンコランの強さは「やたらと運がいい」ことにあります。
そして、そんな一見冷たそうな男が意外と人情に厚くやさしい心の持ち主。一種のギャップ萌えですね。そんな言葉はなかった時代のことですが。

バンコランになる努力をしましたよね。
でも、私の学校は男子に坊主頭を強制する違憲施設でしたので、あの長い髪は真似できません。ましてやアイシャドウなど言語道断です。(天然でも)
だいたい、あの時代にバンコランのコスプレを思いつくのはヅカファンくらいではないでしょうか。

当時の自分ができる範囲で努力するしかありません。
バンコランはヘヴィスモーカーです。
細い葉巻は手に入らなかったので、市販の紙巻で代用します。
違憲施設の校則には「禁煙」とか書かれていませんでしたからね。
バンコランはヘヴィドリンカーでもあります。
幸い、私の生家は造り酒屋でしたので、お酒は売るほどありました。
徹夜明けのなか「一杯のウォッカを睡眠代わりに」して仕事に出かけたり、「やつはジンが好きだった」とジンのボトルを片手に友の墓を参るのが夢でした。

バンコラン少佐。またの名を美少年キラー。
これは無理です。私は普通にノンケだったし、美少年を美少女と読み替えたとしても、ひと目で相手を虜にする眼力など杉さまならぬ身には習得不能なスキルでしょう。
それでも、女子にモテるための努力はしましたよ。
ニヒルに佇み、危険な香りを出すために眉毛に剃りこみを入れました。
でも全然モテませんでした。やっぱりニヒルで危険な香りがする坊主頭は、歌舞伎役者しかモテないのでしょうか。

東京の会社に就職して 2年目、26歳のときにロンドン駐在の切符を手にしました。
もうお察しですね。ロンドンはバンコランが住むまちです。
ロンドンに住みながら、MI6エムアイシックス(英国情報部第6課)の本部やスコットランドヤード(ロンドン警視庁)の周辺をうろついたものです。バンコランが住んでいそうなマンションも探し回りました。

ロンドン駐在中に、私はバンコランと同じ 27歳になりました。
バンコランは永遠に 27歳だけど、私は人並に年をとり、その後ポーランド、UAE、日本、ルクセンブルク、ドイツ、スイス、香港などを転々とする流浪の人生を歩むことになりました。

価値観や生き方もバンコランから学びました。
バンコランはお金に関しては非常にストイックです。「必要なだけあればいい」という考えで、殉職した友の子息に仕送りしたり、余ったお金は孤児院に寄付したりしています。
私は余るほど持っていませんが、派手な遊興を好まず、必要以上に欲しいと思ったことがありません。

バンコランの生き方は極めて刹那的でもあります。
様々な組織に命を狙われ、常に死と隣り合わせの彼には「今日死ぬかもしれない」という感覚が自然に身についています。なので、明日のことすら考えていません。明日が来るかどうかもわからないからでしょう。
私はそこまで極端ではないものの、先のことは考えても仕方ないという態度で生きています。おかげであまり悩みがありません。

もちろん、バンコランと違う部分もあります。
私はお肉よりお野菜が好きだし、黒以外の服も着ますからね。
浮気症というのも当てはまりません。「バツ4」と言うと兎角誤解されがちですが、婚姻中は浮気したことがないですから。

私の人生に最も広く影響を与えた選択は、『パタリロ!』という少女漫画 (?) を読んだことだと思っています。
このご時世に酒も煙草もやめる気がないのはバンコランのせいです。
でも、だからといってそのような漫画やアニメを有害視しないでください。
バンコランと並ぶヘヴィスモーカーといえば『ONE PIECE』のサンジです。韓国版『ONE PIECE』では、サンジが煙草の代わりにチュッパチャップスをくわえているそうです。これは作者と作品に対する冒涜でしょう。
チュッパチャップスをくわえたサンジはもはやサンジではありません。
サンジのいない麦わらの一味などルフィが認めるわけがないですよね。
そこに『ONE PIECE』という物語は成立しません。

通算 18年になった海外生活。その始まりの地はロンドンでした。
こんな海外人生を送ることになったのもバンコランのせいです。
こじつけではありません。26歳のときのロンドン駐在がなかったら私は一生日本に住んでいたと思います。そして、バンコランに出会っていなかったらそもそもロンドン駐在など希望しなかったでしょう。

『パタリロ!』の物語はほとんどが日本国外を舞台にしています。
無意識のうちに外国への憧れが育っていったのかもしれません。はっきりとそうなりたいと考えたことはなかったのに、いつのまにかグローバル人材と呼ばれる人になっていました。職業柄 60ヵ国ほどの国に滞在しましたが、いまだかつてマリネラという国には行ったことがありません。やはり実在しない国なのでしょうか。

2023年の現在ほどではないにしろ、当時も漫画などのコンテンツは無数にありました。そのなかで私が『パタリロ!』を選んだことは偶然だったかもしれません。
また、入社 2年目にしてロンドン駐在の話が回ってきたことには幸運もあったでしょう。
さらに、嗜好品や生き方にバンコランと共通する部分が多いのもただの偶然と言えなくもないです。
しかし、それらの点を線で結んでみたとき、一つの大きな絵になりました。
私がしてきた選択の一個一個に、バンコランという人物の魂のようなものが投影されているのを見たのです。

私はバンコラン並の現実主義者なので、それを超常現象とは考えません。
人生は偶然の連続であるという見方もできると思いますが、一つの共通項をもつ偶然が続いたらそれは必然です。その共通項がバンコランでした。
私は思う。人生に偶然はないと。

いつの日か魔夜峰央という人にお会いする機会があったら、言いたいことがあります。
あなたはただのギャグ漫画のつもりだったかもしれないけれど、あなたが描いたものは少なくとも一人の少年にほぼ一生分の選択をさせたんですよ。
その責任を感じて、どうか暴飲はほどほどになさってくださいな。
バンコランを産んでくれて、本当にありがとうございました、ミーちゃん。

#あの選択をしたから