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日本企業はグローバル化して劣化する

社員 6万人のグローバル企業と言えば、それなりに有能な人材が働いていると思われるかもしれませんが、実態はもちろんそんなわけありません。
むしろ逆で、無能で怠惰な社員を悠々と抱えていられるところに、大企業の大企業たる余裕があるのだと思っています。
日本の大企業にも似たようなところがあるのではないでしょうか。

私はファイナンス系の仕事をしていますが、会社の会計帳簿へのアクセス権はありません。
意思決定の権限はもっています。会計処理に関して、たいていのことは私の裁量で決めることができます。
しかし、帳簿を直接いじることはできません。
これは職務分離 (Segregation of Duties) といって、決める人間と記帳する人間 (bookkeeper) が同じ人であってはならない、という内部統制の鉄則によるものです。
私が帳簿に直接書き込むことができたら、会社の資金を私の銀行口座に振り込んでも誰も気づかない、という状態になってしまいますからね。

恐ろしいでしょ?
高度にシステム化されたプロセスというのは、かえって脆いものなのです。
だから、業務プロセスを統制 (control) したり、監視 (monitoring) したり、監査 (audit) したりする、典型的なブルシットジョブが世に蔓延るのです。

では、帳簿に入力する権限をもつのは誰か。
それは、シェアードサービスとかビジネスサービスセンターとも呼ばれる、バックオフィスの社員たちです。
当社のバックオフィスはポーランドにあります。
スイスにいる私は、ポーランドにいる社員に帳簿への入力を依頼しなければならないのです。
効率が良いんだか悪いんだかわからない話ですね。


去る 6月 (4ヵ月前)、Pawełパヴェウというポーランドの社員が会社を辞めましてね。
Pawełは、私が依頼した仕訳入力を即日か遅くとも3日以内に実行してくれる、有り難い社員でした。
Pawełの仕事を引き継いだのは、Janヤンという採用したばかりの社員。
それからというもの、帳簿への記帳が止まりました。

これはほんの一例ですが。
とある工場を買い取り、US$ 20 million(日本円で約 30億円)の固定資産を帳簿に登録しようとしたのが 6月(Pawełが辞めた後)のこと。
Pawełの後任の Janに資産の登録を依頼したところ、1週間返事がなかったのでリマインドしましたが、さらに 2週間連絡がとれませんでした。

すでに 7月に入り、四半期をまたいでしまいました。
そこで、Janの上司の Monikaモニカ(彼女も在ポーランド)にメールしました。
すると翌日、Monikaからメールが来ました。
「Janに固定資産の登録の仕方を教えています。今月中には処理します。ご心配なく😊」

その後、私は日本に出張していて、たかが資産の登録のこと、あまり深刻に考えていなかったので、本件を放置していました。
8月に入ってから、初めて Jan本人からメールが来ました。
「SAPの習得に時間がかかりましたが、ようやく資産を登録しました。確認してください」

帳簿の入力権限はなくても参照権限はあるので、さっそく SAPにログインして資産データを見にいきます。
たしかに、新しい資産が登録されているが・・・
取得価額はゼロ。耐用年数は空白。むろん、減価償却費はゼロ。
どうやったらこんな “資産” を登録できるのか、逆に教えてほしい。

メールでは埒があかんと判断。私はまだ日本にいて時差がありましたが、Teamsで直接コンタクトをとることに。
出ないかな、と思いましたが、Janは意外とあっさり出ました。
「ハロー!コールありがとう。僕が登録した資産を確認してくれた?」
取得価額Acquisition Valueが 0 になってるんだけど・・・」
「あぁ・・・金額は購買MMモジュールから引っぱってこないといけないから」
「それは知っています。その処理をやってくれと私は言っています」
「そのやり方をまだ習っていないんだ。教えてくれる?」
「その権限を私はもっていません。Monikaに教えてもらってください」

そして Monikaにメールしました。
しかし、8月のことで、Monikaは長期休暇に入っていました。
休暇中の Monikaのバックアップなどいません。
Monika復帰後は、Janが長期休暇。Janのバックアップもおらず。
私が日本での出張兼休暇を終えてスイスに帰ってきたときには 9月になっていました。

これで何度目のリマインダーだろう。
ウンザリしながら、Jan / Monikaに催促のメールを送りました。
Janから「資産データの入力が終わりました」と連絡が来たのは、9月も下旬に入った頃。
取得価額は合っているけど・・・
耐用年数Useful Lifeが間違っている。
資産化日付Capitalized onが間違っている。
これでは減価償却Depreciationはメチャクチャだ・・・


今日(10月17日)時点で、この問題は解決していません。
4ヵ月の間、30億円の資産がバランスシートに載らず、減価償却費も計上されない状態のままになっている。
その現状を「まぁいっか」と諦観している私がいる。
これがグローバル企業の実態です。
これはレアケースではありません。
むしろ、よくあることなのです。

まず、人の入れ替わりが激しいこと。有能な社員はすぐに辞めるし、後任は未経験者同然だったりします。
次に、業務の引き継ぎが一切ないこと。「引き継ぎ」という発想があるのは日本の会社くらいではないでしょうか。
さらに、困っている同僚を「助ける」というカルチャーがなく、担当者が休暇の間のバックアップも皆無なので、未解決の問題は半永久的に放置されます。

さて、このような事態は、日本企業にとってヒトゴトでしょうか。
終身雇用が崩れ、転職が奨励される機運が高まるなか、せっかく仕事ができるようになった社員が辞めてしまう、といった事象が発生していませんか?
業務の引き継ぎや OJTが疎かになっていませんか?
社員同士、助け合っていますか?

グローバル化とは、日本企業の良さが失われることなのだと私は思います。

Janや Monikaのような社員が生き残れるのは、ポーランドの特殊事情もあるでしょう。
EU域内の経済成長国であるポーランドは好景気で、労働者にとっての売り手市場なので、労働者はより良い条件で転職しやすいし、企業は社員を解雇しにくいのです。
また、少し前まで共産主義国だったことが、働くことに対するポーランド人の意識と、雇用に関する企業側の意識に影響しているとも思われます。
そんな羨ましい国ポーランドのようには日本はなれませんが。

☟の記事では、日本企業の変わるべき点について言及しました。

今回は、日本企業が変えてはいけない点について書いています。
それはメンバーシップ型の組織風土というやつです。
メンバーシップ型組織は「信頼」を基礎としています。
会社は社員が長く勤めてくれることを信じて頼り、社員は会社が温情をもって処遇してくれることを信じて頼る。
辞めるな、とは言いませんが、辞めるときは後任にしっかり引き継ぎをして跡を濁さず立つ。
社員同士も信頼し合っているからこそ、損得を超えて助け合えるのです。

一方のジョブ型組織は「契約」を基礎としています。
長く勤める義理はないし、いつ辞めるかわからない社員を会社は育成も処遇もしません。
また、社員間には契約すらないので、助け合いなど発生しようがない。
契約というのは、ユダヤ教とキリスト教、すなわち西洋のカルチャーです。
ジョブ型は、そもそも日本企業には馴染まないスタイルと言えます。

日本企業は、グローバル化という名の外圧のもとで、欧米のスタイルを採り入れようとしては悉く失敗してきた。それが失われた 30年の間に繰り返されてきたことだと思います。
変えるべきことを一向に変えず、変えてはいけないことを変えてきた。

私の時代はすでに終わっていますので、日本企業の処方箋を真剣に考える気にはなれません。
ただ、もし私が今就活生だったら、志望する企業の条件は、
✅グローバル化の影響を受けない
✅100年以上存続している老舗企業
✅コンサルティングファームを使わない
✅非上場

うーむ。かような条件を満たす企業と言えば・・・
京都の菓子舗か、灘の酒造くらいでしょうか。

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