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命令しない上司。命令されたい部下

当社にメンターシップ制度というのがある。
社員は、直属の上司とは別にメンターmentorというよくわからない立場の人を指名することができる。
2週間前、ある社員からメンターに指名された。

メンターの役割は、メンティーmenteeにキャリアや仕事に関する助言を与えることらしい。
それ上司の役割でしょ、と思う。
せっかく部下がいなくなってラクになったというのに、なんでまたそんな役を押しつけられるのだ。
断ることもできなくはないが、名指しで依頼してきた人に「嫌です」と言うのは相当な胆力が要るわけで。

それに、依頼者のトニーは香港支社の社員で、彼の現上司はあのキャンディなのだ。
キャンディとは、香港支社のCFOで、私の元部下であり後任者である。
(その当時書いたnoteです☟)

トニーは、私がキャンディの元上司であり前任者と知って私を指名してきたのだろう。
そこが引っかかった。
そんなわけで、私はトニーのメンターを引き受けることにした。
トニーが私にメンターを依頼したことをキャンディは知らない。

トニー (Tony)
34歳・男。香港人。Accounting Manager。
2年ごとに転職する典型的な香港ワーカー。当社が4社目。

最初にやったのは、オンラインでの1 to 1セッション。
「なんでもいいから自由に話してください」と言った。

トニーは、それなりに準備してきたようで、当社での仕事の振り返り、自分自身のSWOT分析、そしてキャリア願望についてソツなく話した。
2年半以上勤務したのはこの会社が初めてで、今後もこの会社で働き続けたい、とトニーは言った。

「それはよかったです」
「ただ、ひとつ問題があって・・・」
「なんでしょう?」
上司line managerのことです」

やっぱりそこか。
それでも表情を変えずに訊いた。
「キャンディのことですか?」
トニーの顔に困惑の色が浮かんだ。

秘密は守りますI keep confidential
するとトニーは意を決したように言った。
彼女は僕を嫌っているみたいI am afraid she dislikes meなんです」

直球だな、と思った。
学生か?オマエらは。と思わなくもないけれど、人間関係の悩みをこれほど素直に表現したものはない。


そのあと、トニーはキャンディに対して極力批判モードにならないよう細心の注意を払いながら不満を並べる、という曲芸をやった。
主旨は次のようなこと。
一つのタスクにやるべきことが10あるとしたら、キャンディは7しか指示しない。トニーが7やって報告すると、キャンディは残りの3を自分でやってしまう。その結果、トニーは「期待を下回った」という評価を与えられる。

キャンディらしいな(苦笑)

トニーの言い分はこうだ。
不十分な指示でタスクを全うせよ、と求めるのはフェアでない。
指示が不十分なのは、キャンディの言葉が足りないから。
コミュニケーション不足なのは、彼女が僕を嫌っているから。

「そのことをキャンディに話しましたか?」
「そのこととは?」
「あなたの不満についてです」
「いえ。話したことはありません」
「なぜ?」
「1対1で話す機会がないんです。彼女は僕と話したくないのだと思います」

部下に干渉しないのがキャンディのいいところだと思って、私は彼女を後任に推挙した。
CFOになったらもう少しマネジメントしよう、と教えてもきたけれど。

「キャンディにどうしてほしいのですか?」
「上司として、網羅的な指示を出すべきだと思います」
網羅的complete? 1から10まで?」
「はい。それが上司の役割だと思います」
「キャンディはほかの部下にどう指示していますか?」
「それは・・・知りません」
「たぶん、あなた以上に指示していないんじゃないかなあ」
「そうなんですか」
「いや、知らないけど(笑)そういうタイプじゃないと思っただけ」
「そういうタイプとは?」
「部下に命令commandするタイプじゃないということです」
「彼女はCFOですよ?」
「命令しないCFOがいてもいいんじゃないかな」
「それでは下は動けませんよ」

まいったな。自分が批判されているようなものだ。
部下に思うままやらせて、足りない部分があれば陰ながらサポートする性格のキャンディを後任にしたのは私なのだから。

「キャンディはなぜ命令しないんでしょうね」
「リーダーシップがないからだと思います」
「部下がやるべきことをやっていれば、リードする必要もないのでは?」
「僕は言われたことを100%できます。でも、言ってくれないとやりようがないです」
「自分で考えて動いてほしいって思ってるんじゃないかな」
「僕だって考えて仕事してますよ。彼女の期待どおりの結果を出していると自負prideしています」
「じゃあどうしてB評価を与えたんでしょうね」
「僕のことが嫌いだからですよ」
「キャンディは、仕事に私情を差し挟む人ではないよ」


2年前、当時33歳だったキャンディをCFOにし、アラフォーのManagerたちが自主的に会社を去ることで一気に若返りを図った。
組織から閉塞感とポリティクスが取り除かれたかわりに、Managers の質が落ちたのは仕方ないとして。

二人は考え方が真逆なのだ。
キャンディは、上司部下関係なく個々の社員がセルフマネッジするのがいいと考えている。
トニーは、部下に完璧な命令書を渡すのが上司の役割だと考えている。
キャンディは日本人的なスタイルで、トニーはある意味で欧米型と言える。

トニーはキャンディの考え方を変えたいのだろうが、それは無理だ。
ボスの考え方が真逆だとわかったら、自分の考え方を変えるしかない。

二人は1, 2歳しか違わないが、トニーは母親を求める子供で、キャンディは父親なのだろう。

最後にトニーは言った。
「今のままだと、僕は上司に嫌われて評価も低いままです。どうしたらいいのでしょうか?」

「最も簡単な解決法は、あなたが見方を変えることです。見方を変えれば、キャンディほどラクな上司はいません。うるさいこと言わないし、自由にやらせてくれる。たしかに彼女はCFOとして未完成かもしれない。だったら、彼女ができないことをあなたがやってもいい。これはチャンスです。
キャンディがCFOになったのは33歳のときです。今のあなたより年下だったんですよ。あなたが今、彼女の想像を超えることをやれば、キャンディはAどころかS評価を与えるでしょう。
上司ができないことを部下がやる。それが仕事の醍醐味だと思います」

言いながら、私は心の中で思っていた。
トニーはキャンディのすごさがわかっていない。
実務を完璧に処理してきたFinance ManagerがCFOになったとき、部下のManagerたちに同じような完璧さを求めるのではなく、自分にないものを発揮してほしいと願うからこそ、指示も命令もしないのだ。

キャンディにはさりげなく、もう少しトニーのことかまってあげようね^^とでも言おうか。

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