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監査人よ。綺麗事を言うな
インドネシアにある工場に来ました。
この工場では、とある電子機器を製造しています。
今回、私は監査人を連れてこの工場を訪問しています。といっても、私は監査する側ではなく、むしろ監査される側です。
監査人はこの工場を監査しに来たのですが、私は工場側の人間として、監査される工場の防弾チョッキとなるために監査人に同行しているというわけです。
監査人らとともに、さっそく製造現場に入りました。
作っているのはいわゆるハイテク製品ですが、ほとんどの工程は作業員が手作業で行っています。
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オートメーション化された日本の工場などを見慣れている方にとっては、衝撃的な光景かもしれませんね。でもこれが現実なのです。作業員たちは黙々と手を動かしています。
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私は何度も見ている現場ですが、監査人らにとっては初めて見る世界なのでしょう。やけに神妙な態度で、一つひとつの作業に見入っていました。
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この監査人らは、基本的にファイナンス畑の人たちなので、資産管理や経理に関してはプロであっても、モノづくりや技術に関しては素人同然です。
私もファイナンスの人間ですから、彼らが得意とする分野の監査指摘に対しては徹底的に戦うつもりで来ています。一方、生産管理やエンジニアリングに関しては、素人が口を出せるわけがない、と楽観していました。
予定されていた監査日程を終えた最終日、監査人の所見を聞く会議になりました。
契約、調達、支払、資産管理、法令遵守、会計処理、等々。想定内の監査指摘に対して、証拠と反論を提示しながら一個一個つぶしていきます。
監査チームに焦りが見えてきたころ、監査人の一人が言いました。
「現場作業員の労働について問題を指摘します」
ほう。なんだろう?
監査人「現場の労働者は、極めて単純な繰り返し作業 (repetitive work) を強いられており、労働条件が過酷すぎます」
はあ?
監査人「1日8時間、毎日同じ作業を繰り返すことは、メンタルヘルスに深刻な影響を与えかねず、人権侵害にもつながります」
まったく想定外の方向から球が飛んできたな。
打ち返せないよ。
アホらしすぎて。
いや、言いたいことはマウンテンほどある。
まず、大きなお世話だ。
これは彼らが選んだ仕事なんだよ。
単純な繰り返し労働が過酷だと?そんなこと決めつけるなよ。ヨーロッパから来たホワイトカラーふぜいが、上から目線で高尚な価値観押しつけんじゃねーよ。
人権侵害だぁ? 人権を侵害してるのは、彼らが生活の糧としている仕事にケチをつけて彼らの尊厳を貶めてるおまえらのほうだ。
それらの言葉は飲み込みましたよ。
言ってもわからないでしょうから。
同席している人事部長に発言を求めることにしました。
人事部長「当工場は、労働条件に関して現地の法令を遵守しています。賃金は同業他社より高水準です。従業員の安全衛生と福利厚生にも最大限の配慮をしています。従業員から苦情が出ているようなこともありません」
はい、よくできました。もうこの話は終わりだ。
監査人「こんなつまらない仕事 (boring work) をずっと繰り返していたら、モチベーションの維持が困難になると考えます」
私「で、何か提案でもあるのですか?」
監査人「定期的なジョブローテーションを行うべきです」
私「彼らのモチベーションはあなたが考えるものとは違います。一つのメカパーツを組み立てる作業員は、1日 100個作れたときから技能が向上して、1日 150個、200個作れるようになることでモチベートされるのです。そこで別の仕事、例えば PCBのはんだ付けをさせたらまたゼロからのスタートになって、モチベーションは下がります」
話がズレてるなあと思いながら、こんな反論しかできませんでした。
本当に言いたいことはもっと本質的なことでね・・・
おまえらにはできないんだろーな、単純な繰り返し労働ってやつが。
彼らはそれをやってるんだよ。
つまらない仕事? どっちがだよ。
つまらないのはおまえらの仕事だろーが。
彼らはものを作っている。おまえらは何か作っているのか? ふんぞり返ってクソみたいな意見を言い、ゴミのような書類の山を作ってるだけじゃないか。
彼らが作っているものは、世の中のたくさんの人々に愛用されて、生活者の役に立っているものだ。
それをつまらない仕事と言うなら、おまえらスマートフォンもタブレットも使うなよ。