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新生活、はじまる。息子と過ごした〝最後の週末〟

東京は開花宣言が出てから、一気に暖かくなりました。新生活がはじまる、春。せき家にも大きな変化が訪れています。

一番は、息子が家から巣立っていったこと。

大学進学のため、遠く離れた土地に移り住むことになったんです。

引越し日は日曜日でした。退院して半月、まだ畜尿バッグ生活が続く僕ですが、無謀にも現地まで行って手伝ってきました。

今回は、想定外の連続だった息子との〝最後の週末〟について。

それにしても、一体どこから狂ったのでしょう?

余裕を持って土曜日から前乗りして、
日曜日は現地で必要なものをそろえる。
店の場所・経路は事前にチェック。
ヘルプとして、僕の父にも来てもらう。
念のため、僕だけもう一泊して月曜日に帰る。

準備の段階では何の憂いもなく、僕はただ息子を感動的に送り出すことだけを考えていました。

出発日(土曜日)の午前は、東京で思い出づくり。

向かったのは、近所のグラウンドです。目的は息子とのキャッチボール。

息子の夢は、プロ野球選手です。少年野球では地区一番の選手になり、中学野球では全国区のチームに入りました。そのあとメンタルの病気になり、満足にプレーできない中学・高校時代を過ごしましたが、このグラウンドで自主練習できたおかげで野球と繋がり続けることができました。

小4~高3まで、実に9年間。

成長の跡を確かめながら、僕はボールを受けました。特にこの半年間で鍛えられた心技体は、とても頼もしくて。

帰り道、息子が言いました。

「親父と喧嘩になる、唯一の場所だったわ」

確かに。……さみしくなるね。

次は妻が眠るお墓へ。

息子の夢を誰よりも本気で応援していた妻。少年野球ではチームの練習に付きっきりでした。息子は12歳のとき、NPB12球団ジュニアトーナメントのトライアウトを受けたのですが、きっかけを作ったのは妻です。その経験は野球人生の大きな転機となりました。

隣で手を合わせていた息子は、どんな誓いを立てたのかな。

妻は喜んでいるかな。それとも、さみしがっているかな。

「では、これから送り届けてくるよ」

ここまでは、まさに僕が思い描いていた計画通りの流れでした。

土曜日の午後。

予定では夕方には現地に着き、翌日の引越しに向けてゆっくり過ごすことになっていました。しかし、出発前に想定外の出来事が……。

息子が自分の部屋から次々と大荷物を持ってくる!

んんん、かさばるものは送っておくように言ったよね?

「これくらいなら持っていけると思って」

……誰が? 一緒に行くのは退院したての病人と、75歳の後期高齢者だぞ?

父は翌日、車の運転で負担をかけることになっていました。息子が運べない分は僕が請け負うしかありません。

僕のリュックは膨らみに膨らみ「なにこれ、亀仙人の修行?」みたいなスタイルに。ついでにスーツケースで片手も塞がるときた!

さあ、地獄の長旅が幕を開けました。

一番の難所は新宿駅。人ごみの中、息子と父はスタスタと僕を置いて先に進んでいってしまいます。

……はぐれました。そして、キレました。

「大人が二人もいて、どうしてこうなる?」

さらに合流後、僕のミスで乗り継ぎに失敗したことが発覚。入院生活で体と脳が衰えていて、もう一杯一杯でした。予約していた新幹線にはギリギリ間に合ったものの、額からは脂汗がにじんでいました。

そこからは僕の膀胱炎には天敵、座っての長距離移動。

どうにか現地に辿り着くも、トラブルは続きます。

ホテルのチェックイン時にシステムエラーで足止め!
部屋に入ろうとすると、カードキーエラー!
フロントで新しいカードをもらったのに、
今度は違うカードキーがエラー!
またフロントに戻って再手続!

早く部屋で休ませてぇぇぇー。

部屋に入ったら入ったで、目を疑う光景が。

なんと、二人部屋にベッドがひとつしかない!

これは自業自得で、僕が予約時にツインとダブルを間違えていたみたいでした。あーーー、弱り目に祟り目とはこのことか。

さらに、トラブルは終わりません。

食事から戻ってきたら、三度目のカードキーエラー!
夜は夜で体調が悪くて眠れない!

結局、2時間しか睡眠できないまま、僕は引越し当日を迎えたのです。

入居日(日曜日)。

この日の主なミッションは、生活に必要なものを現地調達することでした。

父にレンタカーを運転してもらい、あらかじめ調べておいたホームセンターと家電量販店を回ります。父は夕方に帰る予定になっていたため、最短最速で行動しなくてはなりませんでした。

しかし、なかなか想定通りにはいかないもので……。

休日で混みまくっている店内。
最低限のものだけ揃えるつもりが、
店内を回るうちに荷物はどんどん増えていき、
カートはさながら大小の星がちらばる宇宙のように。

僕はこの日、おそらく人生で最も長いレシートを渡されました。

荷物が増えれば、搬入の時間も労力もかかるわけで。

さらに誤算だったのは、家電量販店での時間配分。インターネットの開通手続きに、まさかあれほど手間取るとは。

「現在、学生の方は割引の対象で……」
「最初の月は〇〇円の割引で〇〇円かかって、2カ月目は〇〇円、3カ月目からは〇〇円で……」
「3年目からはキャッシュバックが始まって……」

確認作業はもちろん大事だけど、いつになったら終わるのか。

予定していた昼食の時間はとうに過ぎている。
薬だって飲まないといけない。
それに、父は夕方までしか稼働できない。
もしも買い忘れがあったり、道中が混雑していたら……。

そんな中、またも想定外のアクシデントが起きます。

息子が体調不良を訴えてきたのです。

もともとメンタルの病気があり、ストレスがかかると頭痛が出てしまう。このところ、症状は出ていなかったのですが……。

原因は、時間に追われて苛立つ僕でした。息子よ、ごめんな。

それでも、なんとかミッションは時間ギリギリで完了。

駅まで父に同行して、すぐにバスで息子の部屋に向かいました。運んだ荷物を開封して、家具などを組み立てるためです。

その前に、近所の焼肉店で夕食。

巣立っていく息子と、最後の晩餐です。

出発前の計画では、このタイミングでしんみりするつもりでした。しかし、あまりに作業が進んでいなくてそれどころではない!

なにより、息子が思ったよりドライなんですよ。

「どうせ、ちょくちょく東京帰るからさ」

思っていたのと違ふ。さみしがりたがったのに。

僕たちは急ぎ部屋に戻り、DIYに取り掛かりました。そのときです。この日、最大のトラブルが勃発します。

「あれ、電気が点かないんだけど」

出掛ける前は確かに点灯していたのに、全くの無反応。ブレーカーに異常はありません。不動産会社に連絡し、事情を話すとこんな回答が返ってきました。

「電力会社に開通の手続きはされましたか?」
「弊社(不動産会社)の名義で開通していたものが、せき様の名義に切り替わったため、電気が止まったと思われます」

んんんー?

「開通の手続き、した?」
「いや、初めて知った」

確認したところ、送られてきた資料の中にQRコードが載っており、そのリンク先に書いてあったそうです。初めての引越しなんだから、口頭でも伝えておいてほしかった……。

さあ、D(ダーク)DIYのスタートです。

スマホの灯を頼りに説明書を読み、手先の感覚を研ぎ澄ませてねじを嵌めていきます。ベッドに、テーブルに、物干しスタンドに……。

作業すること、3時間超。

ホテルに戻るための終バスはとっくに過ぎ去っていました。仕方ないので、タクシーに来てもらうことにしました。

ところが、最後までうまくいかないのが、この地獄旅。

24時間対応の会社なのに、電話に出んわ。
次の会社は出てくれたけど、地域的に無理だと。
また次の会社は電話に出んわ。
そのまた次の会社はというと……、

「は? 今からですか?」
「ええ、バスがなくなってしまったので」
「今どこですか?」
「住所は……」
「そこだと、30分もかかるんですよ」
「だからタクシーに乗りたいんです。ホテルに帰りたいので」
「はあ、わかりました。近くまで行ったら電話しますので、すぐ出てきてください」
「え、時間指定はでき……(ブツッ)」

まさかの塩対応でした。

到着したあとも「もう着いた」「早く出てきて」と急かされ、名残惜しむ暇もありませんでした。

あァ、僕が思い描いていた感動はどこに……? 娘の卒業式は美しいまでの展開だったのに🥲

今、僕の心は〝嘆き節〟で一杯です。しかし、いつか〝笑い話〟に昇華できたらいいなと思っています。

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せき|放送作家|オリックス&ジャンプ好き
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