一億円のさようなら:白石一文:こんなに明るい白石に、動揺するが…
「一億円のさようなら」(118/2020年)
こんなに明るい白石一文作品があっただろうか。いや、驚いた。完全なエンタテインメント。白石のことだから、いつ、絶対的な不幸や筆舌しがたい絶望が出てくるのか…とハラハラドキドキ。ま、これもエンタテインメントだね。作品の内容そのものと、白石に対する先入観が生み出す緊張感、この二つが交錯する楽しい読書でした。
簡単に説明すると、結婚して約20年、突如、妻に数十億円の資産があることを知ったオジサンの物語。叔父が社長を務める会社の勢力争い、娘の「出来ちゃった」問題、息子の「ほぼ駆け落ち」問題、そして妻の「不貞」疑惑。あらゆるジャンルの多種多様な事件、トラブルが同時多発、それも自分だけがどうやら蚊帳の外だったらしいことが徐々に判明していく。そんな時に妻からの一億円…全ての信じることが出来なくなった男は、全てを捨てて、でも一億円はしっかり握りしめて、旅立ったのである。
で、いつもの白石ならば、それらの問題の本当の闇の深さを描いたり、主人公がより自問自答を繰り返すなかで自暴自棄になっていったり、裏切り、突然の離別、重なる不幸を「期待」してしまうわけですが、本作品は違います。主人公、ちゃんと考えます、冷静に。その場のノリで悪い方、悪い方を選んだりしません。
もちろん悩みます、判断ミスも犯します。ただ、白石としては珍しく、主人公、周囲の判断を信じて、危機を回避していくのです。
今までの主人公ならば、最後は自分の「何か」を信じて、落ちていくのでしょう。しかし、今回は違います。それは何故?多分、一億円のせいではないでしょうか。そして、白石が描きかったことは、やっぱ「お金が大事」という、今までの辛く哀しく悲惨な物語よりも、もっともっと過酷な事実を、敢えてエンタテインメントでコーティングして、我々の前に差し出したのではないでしょうか。
なんて裏読みも楽しいです。いや、楽しい読書、一気読みでした。