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02【29歳のクリスマス恋人はサンタクロースなんていうトレンディではなくサドゥー修行のトランス道入門編】


2013年11月末に、ミャンマー、南インドのカーニャクマリ、マイソール、バルカラなどを経てゴアに到着。
インドなのに、インドらしくないオシャレ感にワクワクして、まだ、パーティーにどっぷりとハマる前などは、水着を着てビーチで泳ぐなんていうリゾート気分すら味わっていた。

その後、クリスマス、ニューイヤーとパーティーと人間関係の中を掛け抜ける。
パーティーの楽しさを知ってからは、ダンスフロアーで泳いだり飛んだりすることに夢中となり、活動時間は夜が中心になった。

この頃の感覚は、ひと晩が1週間、1ヶ月、もしくは、数十年の歴史に感じることもしばしばで、時間という概念が消滅しつつあった。
今では名前が思い出せないパーティー会場もあるが、主に遊んでいたのは
、ヒルトップ、シヴァバレー、カーリーズ、ウエストエンド、9バー、ディスコバレー、モンキーバレーなどだ。


そして2014年2月。
気がつけば貯金が底をつき、全財産3000Rs。(5000円程度)

気がつくのも遅すぎなのだが、気がついても、気にしなかった。
そんなお金の話より、日々、音の波に乗って飛ぶことに夢中だった私の気分はティーンエイジャー。

1500Rs(2500円程)もする3日間のヒルトップフェスティバルのチケットを躊躇なく購入した。
何もないのに、何故か怖いもの無し。
何もないから、怖いものは無かったのかもしれない。

トランスパーティーがあれば、全ては大丈夫だという根拠のない安心感に包まれていたのだ。

とはいえ、ここはインド。
いずれ私の観光ビザも切れる、移動費やら、日々の宿代や食事代も必要となってくる。

慌てた私は、過去に東京で半年ほど勤めたタイマッサージの技術を思い出し、口コミのタイマッサージ業をしてみるものの、初めてのゴア生活で、踊ってばかりいた私にはコネクションが無く、軌道にも乗らず。
アンジュナのウェンズディマーケットで自分の絵や、いらない物を売ってみたり。
それも出店料は出せないほど貧困だったので、夕方の出店料徴収スタッフが来る前に、こそこそと店を畳んで帰宅するなど。

どれもこれも非公式、非公認のやりたい放題、チャレンジで小銭稼ぎをしてみた。
しかし、正直、全く稼げなかったので、その日暮らしをして食いつないでいたのだ。

パーティーで仲良くなった友人グループの家に居候したり、友人の残したご飯をもらったり、よく人に助けてもらった。
兎に角、人の集まる場所に行けば食事にも、大人のオヤツにも困らないのがゴアである。
それは、ドラッグディーラーの家であったりもしたのだが、みんな遊び半分のドラッグディーラーな雰囲気だった。

ゴアでは。
色々な場面で、日本の社会で生きている時の感覚は覆される。

自分は、ヤクザだ、マフィアだ、DJだなんて言う人は大勢いて、私はそんな自己申告は全く信じられなくなっていた。
ダンスフロアーで名刺交換なんてしないし、誰がどんな地位の、どんな人物かなんて分からないので、私にとって肩書きなんてどうでもよくなっていたのだ。

それでもパーティー通いは止められなかった。
パーティーに行きたい、ひと晩中踊りたい熱意により、悪知恵は働く。
裏からパーティーに侵入したり、団体客に混じって何食わぬ顔で侵入したり、受付のスタッフに、良いタイミングで交渉してお願いして入ったりしていた。

観光化が進み、パーティー入場料の値上がりなどが問題視され、従来のヒッピー感覚とラグジュラリー遊び感覚が入り混じった状態の現代のゴア。
私は、パーティーに行きたいという情熱だけで、悪知恵を働かせ、お金を使わないゴアトランスパーティーの楽しみ方で遊び続けたのだ。

自分のイメージでは、ヒッピーというよりゲットー育ちの少年という気分である。
「そう俺たちが、この街で、貧困から抜け出すには、ドラックの売人になるか、音楽をやるかしか選択肢はなかったんだぜ。」
みたいな感覚。

何か、困ったことや悩みがあっても、パーティーで2時間ほど音楽を聴けば、なんでも不思議と解決してしまうのだ。
ただ、ただ楽しんで踊っていると、悩みは悩みでなくなり、なんでも上手くいった。

私にとって、ゴアのトランスパーティーは、魔法も超能力もなんでもありなSFアニメの世界でもあった。


友人には「キーちゃん、乞食生活?」
なんて冗談を言われたりしていたのだが、私は胸を張って、
「サドゥー生活と呼んで!」
と言い返していた。


ゴアのサイケデリック世界では、私の頭の中身は、みんなにバレバレな気がして仕方なかった。
実際にバレていたし、いつでもフロアーでは、私の頭の中身が具現化して、目の前で演劇のように繰り広げられる現象に驚き、感動していた。

これは一種の集団的無意識化におけるトラウマ改善プログラム、集団ローリングプレイなのではないか?と見えない力の存在も信じ始めていた。


そんな気分なので、私はよく分からないけれど、みんなは超能力者で、心が読めるんだなと素直に信じていたのだ。

そう。
29歳のクリスマスをゴアで過ごした厨二病の私であったけれど、精神年齢は本気で14歳くらいになっていたのだ。
設定としては、29歳で王の地位も家族も全て捨てて、修行の旅に出たゴーダマ=シッダールダ、ブッタの気分で。
これが私のトランスサドゥー道。と自分設定の漫画、ゲームの世界を思いっきり生き始めたのだ。


うだつの上がらない20代を過ごした日本を断捨離して、パカーンと解放されすぎたのか。それとも、更にのぼり、幼少期に子供らしく過ごせなかった頃の反動なのか。

私の奇妙なサイケデリックトランスゲームワールドの冒険が幕を開けた。

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