色漆の発色をよくする方法
2024年元旦の震災で休校になってしまった輪島漆芸技術研修所の学生さん達が同年6月に当工房に来られた折、「色漆の発色をよくする方法」について少しお話をさせて頂きました。
以下の内容は、その時に作成した資料です。
「色漆の発色について」
2024/6/13 丸山智裕
顔料濃度が同じとき、色漆の発色=漆自体の塗膜着色(茶褐色の濃淡)
漆の塗膜着色は、酵素反応の時にできるウルシオールキノンやキノン重合物に由来する(大藪, 阿佐見 1987)。
ウルシオールキノンの生成量は、酵素の活性や硬化雰囲気の温湿度が高いほど多くなる→漆の塗膜着色が濃くなる=色漆の発色が悪くなる。
漆の表面硬化後の養生期間で塗膜着色が徐々に薄くなる「透け」と呼ばれる現象は、このウルシオールキノンが重合反応の中で消費されていくことで起きる。しかし、透明性の向上が落ち着く硬化90 日後においても、酵素の活性や硬化条件(温湿度)の違いによる表面硬化段階での塗膜着色の「濃淡差」は残る。
同じチューブから出した中国産の透素黒目漆を同じ厚み、同じ温度・湿度で硬化させても、酵素の活性条件を変えると塗膜着色の濃さはこれだけ変化する。
「○○県産の××漆は透けがいい」というような選び方ではなく、漆という材料の性質を理解することが大事。
ウルシオールキノンの生成量をコントロールして漆塗膜自体の茶褐色を薄くすれば、表面硬化の段階で発色の良い色漆塗膜を得ることができる。
ウルシオールキノンの生成を抑えて、漆塗膜自体の茶褐色を薄くする方法
・ 温湿度の設定:20~25℃、50~60%RH(冬季は~65%RH)くらい
・ 漆の調整:乾性油の入っていない精製漆「素黒目漆」と、酵素を失活させた「焼き漆」および「熱重合漆」を配合する
【焼き漆の作り方】
陶磁器の鉢に15gの素黒目漆を入れてラップをかけ(蒸気の逃げ道を作るため完全に覆わず、少し隙間を空けておく)、500wで30 秒加熱し、5 分間静置したあと、もう一度30 秒加熱する。→ラップを半分開いて、常温になるまで換気扇の下で静置する。
※ ウルシオールは電子レンジのマイクロ波を受けて加熱されます。
加熱を続けると発火の恐れがあるため、周囲の可燃物を片付け、防火手袋などの保護具を着用し、万一の発火事故に備えて消火器等を用意します。
【熱重合漆の作り方】
土鍋か耐熱ガラスの鍋(金属製鍋はウルシオールと金属が反応して黒化するため避ける)に50~60g程度の生漆または素黒目漆を入れ、ヘラで撹拌しながら2時間程度加熱する。
液温が180℃を超えた辺りからウルシオールの熱分解が始まるため、漆の加熱中は180℃を超えないように液温を随時測定する。また、ウルシオールの酸化重合を促すため、液内に酸素を供給することを意識して撹拌を行う(丸山 2024)。
※ 加熱中の漆を撹拌するため、飛散した高温の漆によって火傷をする恐れがあります。できるだけ皮膚の露出を避け、保護メガネや防火手袋などの保護具を着用します。また、加熱し続けると発火の恐れがあるため、周囲の可燃物を片付け、万一の発火事故に備えて消火器等を用意します。
【焼き漆と熱重合漆の使い方】
漆の硬化は、酵素ラッカーゼが触媒のように作用しウルシオールの水酸基から水素原子を取って酸化する『前半の反応』と、空気中の酸素を取り込んで酸化重合する『後半の反応』の2 段階に大別される。
漆を加熱して酵素ラッカーゼを失活させた焼き漆と熱重合漆は、この『前半の反応』を捨て、『後半の反応』しか起こらない状態になっている。後半の酸化重合反応は、前半の酵素ラッカーゼに起因する反応に比べると非常にゆっくり進むため、焼き漆が常温で硬化するのには3~6 ヶ月程度を要し、このことから焼き漆は「不乾漆」とも呼ばれる。
熱重合漆は加熱しながら撹拌することによって、この『後半の反応』をある程度促進させた状態になっている。そのため、熱重合漆は焼き漆に比べると、常温での硬化時間は1~3ヶ月程度に短くなっているが、反応が進んでいる分だけ粘度も高くなっている。
焼き漆や熱重合漆は単体では硬化時間がかかりすぎるため、素黒目漆に加えて使用する。酵素が失活した焼き漆や熱重合漆を加えることで、漆全体の中の酵素ラッカーゼが相対的に減ることになり、酵素反応によるウルシオールキノンの生成量を減らすことが出来る。
素黒目漆に焼き漆を添加すると、漆が硬化するまでの時間が⾧くなる。そこで基本的には、素黒目漆と後半の酸化重合反応をあらかじめ進めている熱重合漆を組み合わせて使用する。温湿度が高くあっという間に硬化が進んでしまう夏季や、調合した漆の粘度が高過ぎて刷毛目が消えないとき等に、熱重合漆の配合を置換する形で焼き漆を使用する。
【色漆調色の実施例】
まず、色漆の配合を示した下図の「漆の配合」の部分を熱重合漆に固定して、漆と顔料の比率「漆◎◎:顔料××」と、複数の顔料を混合する際の「顔料の配合」の条件を振る。 熱重合漆と顔料を、それらの条件で煉り合せた色漆を1~3 ヶ月程度、常温で硬化するまで養生すれば(湿気は必要ない)、それ以上透けることのない発色の上限に達した色漆塗膜のサンプルを作成することができる。
発色上限の色漆塗膜サンプルの作成によって、求める色味の「漆:顔料」の比率と「顔料の配合」の条件を決定したら、次は「漆の配合」の条件を振ってテストする。実際の塗工環境(季節・温湿度、素黒目漆の硬化時間など)に合わせて、例えば下図のように複数の条件を設定し、発色と硬化時間を確認する。
条件設定のポイント
・ 素黒目漆100%の配合(条件1)は基準点として必ず入れる。
・ 温湿度が高い夏季は、熱重合漆や焼き漆を多めに入れる。
・ 顔料が多めのときなど、粘度を下げたい場合は、熱重合漆を焼き漆に置換する。
・ 熱重合漆や焼き漆は塗膜硬度の立ち上がりが遅れるため、呂色の場合は最小限にする。
素黒目漆にはMR(佐藤喜代松商店製)や、光琳(堤淺吉漆店製)などの酵素ラッカーゼを含むゴム質成分を細かく分散する精製をした漆を選定すれば、配合量を抑えながら効率よく初期硬化を促進できる。また、艶消しの塗り立てにする場合は、素黒目漆の配合量の一部を「漆の配合」の中で15~30%程度になるように上摺り漆に置換する。
塗工したサンプルは、20~25℃、50~60%RH(冬季は~65%RH)くらいの環境で養生し、翌日に表面硬化が来ているかどうかを確認する。その後も高湿度の漆室(漆風呂)には移さずゆっくりと硬化させ、熱重合漆100%の配合の発色上限の塗膜と色調を比較する。
そのなかで硬化時間や発色が良好なサンプルの配合量から、さらに上下に細かく刻んだ配合の条件を設定して、同様にテストピースを作成し、実際の配合を決定する。
参考文献
大藪泰・阿佐見 徹(1987)「漆膜の透明性におよぼす硬化条件の影響」色材協会誌60 巻 2号 pp.94-99.
丸山智裕(2024)「再現実験1:膜厚が 100μm を超える黒色漆塗膜について」『鳥浜貝塚研究』8 福井県立若狭歴史博物館pp.145-157.