『幸せとは四つ葉のクローバーと似ている』
自称四つ葉のクローバーを見つけるのが、得意なお布団こもりです。
ウクライナ情勢やパレスチナ、イスラエルの話をニュースで目にすると、とても悲しい気分になり、最近ニュースで流れるとテレビを消してしまっている。
世の中で実際に起こっている不幸な現実から、文字通り、目を背けてしまっているのである。
そんな日々の中、私は「幸せ」とは何かについてよく考えている。
「幸せ」とは一体、どういうものなのか。
・ステーキを食べて幸せ!
・欲しかった洋服を買えて幸せ!
といった物質的なモノから来る「幸せ」もあるだろう。
しかし、その物質を手に入れる前や、その状況が嫌な気分になる事があったらどうだろうか。
例えば、ステーキを食べる直前に、上司から仕事のミスがあった事を叱責される電話があったとする。
ステーキ自体にはなんの変化も無いが、最初のような幸せは感じられないだろう。
つまり、「幸せ」とは自分が安心できる状況、場合によって感じられる状態なのである。
私は名前の通り、お布団にこもるのが好きなのであるが、嫌な事があった日のお布団と、良い事があった日のお布団とでは幸せ度合いが全然違っている。
安心出来る状況、場合によって「幸せ」を感じられるという事は、「幸せ」というのは実はそこら中に常にあって、自分が感じられていない場合が多くあるのでは無いだろうか。
それはまさに、タイトルにもある通り、「幸せとは四つ葉のクローバー」なのである。
「幸せ」とは、三つ葉のクローバーの中にポツンと生えている四つ葉のクローバーのように、そこに存在しているのだけれど、見つけられていないだけなのではないだろうか。
自分の心が落ち着いた状態であれば、至る所に幸せというのは見つけられるのである。
・夕焼けが綺麗だった。
・猫が自分に近づいてくれた。
・コンビニで好きなスイーツが売っていた。
・一度も赤信号に停められる事無く、職場まで行けた。
なんだって「幸せ」に捉える事が出来るのである。
しかしながら最初にも書いたが、不幸な現実というのは、世の中に存在している事も事実だ。
辛い日々を過ごされている方もいる。
暗く出口の見えない不安を抱えている方もいる。
全く良い事が無い日々だと感じている方もいるだろう。
しかし「幸せとは四つ葉のクローバー」だと考え、まだ見つけられていないだけと捉えて、落ち着いて周りを探してみて欲しい。
些細な「幸せ」でも見つける事が出来たら、色々な「幸せ」を見つける事が出来る心の目が育ってくるのである。
そんな事を考える日々である。