短歌#1

歌会サイト「うたの日」で短歌100本ノックをやった記録。
下に行くほど古い。

夜の浜陸を目指した白鯨に入れ替わろうかと持ちかけてみる 『陸』

丑年の僕はどうにも才気ある子年の兄を信じきれない 『ね』

内側に僕への知らせを秘めたまま先立つ濡れた圧着ハガキ 『葉書』

廻の字は回を背負ったカタツムリのたりのたりと季節はめぐる 『回』

空中ブランコ乗りに憧れつつ蛸の娘はつま先見上ぐ 『蛸』

知らぬ間に真昼は過ぎる曇りの日終わってわかる人も時間も 『真』

今ならばずるい大人が板につき若き怒りを受け止め得るか 『板』

何者も邪魔せぬように生きてきて曇り硝子の器になりたい 『器』

殻に似たプラネタリウムの天井をあれが世界の果てと指す君 『世』

夜が来る明日がこわいさよならをきちんと言えなかったばかりに 『糸』

もし君が来ずとも風情がほしいから集合場所はいつもハチ公 『公』

この深い穴から夜気がひたひたと生じるような都会の側溝 『気』

白黒の写真に並ぶ顔の中我と見まがう幼き大伯母 『並』

欲深き我も無限を思うとき心に抜き難き恐怖あり 『抜』

ありそうもないことほど信じたくて下水の白いワニのこととか 『ワニ』

せわしなく脱ぎ捨てたとて靴を揃えずにいられぬ育ちの君よ 『靴』

古書の中突然現る銀杏の葉書物の海を泳ぐエイかな 『銀杏』

黒き川面を照らしたる命なきものを生み出す鉄(くろがね)の胎 『鉄』

明日には地球は消えるそうだけどここにサボテンでも植えようか 『どこ』

あなたを早く忘れたい開いてはならぬ扉に鍵はないから 『閉』

相続と言うほど分ける物もなく思い出を持ち寄る斎場で 『続』

袖口に落とせぬカレーの跡を見て寡黙な友の好物だとか 『服』

月を見て枕の位置を変えてみる今日とは違う明日を待って 『自由詠』

ひっそりとたもとにクロを埋めた木が僕の背丈を超えた夏の日 『背』

これは役立つぞと私が今日捨てたビーズソファを拾ってくる父 『役』

雨上がり庭にぷかりと葱の花 花言葉は無限の悲しみ 『葱』

附属校へ進む君を抗えぬさだめに奪(と)られたような気がして 『付』

「万物は流転する(パンタレイ)」とはいえ必ずまた出会う君は覚えてなくてもいいよ 『転』

盗塁を阻止しウィンクの遊撃手ときめいたので実質併殺 『遊』

追いかけるはずの未来に追い抜かれあなたを探す星間飛行 『行』

訪ねゆく秋の初めの真夜中に今年最後のカブトムシ売り 『売』

同じ問同じ誤字して間違える君らはもしやデキているのか 『テスト』

誰何され記名のSuicaを見せるときこの世の誰より心細くて 『誰』

トロフィーを掲げた笑顔が収まらず写ルンですの小さな窓に 『カメラ』

巻貝の殻の中から連綿と僕らに至る糸を引き出す 『貝』

嬉々として君が散らせる花占い作為の影のなきにしもあらず 『作』

鳥を飼う君の広げたハンカチが羽毛を放って冬は来たりぬ 『ハンカチ』

雄大な自然の中に働けば管理人との呼び名も虚し 『理』

食べ物で釣れなくなってた弟が「奢りでいいよ」と笑うようになり 『弟』

じいちゃんの形見の時計を遅らせて乗り損ねたい五分後のバス 『遅』

茶を淹れて未来の方に椅子を向けシンギュラリティの到来を待つ 『未来』

刹那でも君の船出に閃光の花で前途を照らせたならば 『にせん』

救世主(メサイア)の去りにし街に煌々と灯る明かりの先なお闇し 『救世主』

椅子の上船漕ぐ君の頬なぜるカーテンは白きさざなみとなる 『カーテン』

あの日から魔法にかかった魂を再読す廃校の図書室 『読』

ウサギ穴落ちゆく我は世界から引かれているのか拒まれたのか 『引』

部活受験いずれも力を入れきれずバイクも盗まず16の夜 『十六夜』

鳴るはずない壁掛け電話がふと鳴って少女の母は「あなたは誰?」と 『電話』

ひと粒の流星待つよにたおやかな葡萄を見上げてくしゃみをひとつ 『くしゃみ』

星月と糸杉の絵を真剣に君は見ていた社会科見学 『杉』

海を捨てたこと忘れし日ぞ多き人波のひとしずくとなりて 『多』

愛し君いたるところに書き置きを残しておくから探さないでね 『自由詠』

完全にこだわる癖をやめねばと形の壊れたプリンを睨む 『壊』

血眼で君が探した「自分」なら植木鉢の下隠しておいたよ 『隠』

長月の夜空をすすきで掃き清め天の目門(まど)から影の差すまで 『窓』

よく似てる僕らの軌道は同心円すれ違っても出逢いはしない 『同』

結び目がちょっといびつで大きくてパパのちょうちょがいちばん好きよ 『結』

腕光る父の時計のベルトには私の歯形が残されている 『時計』

家族でも友でもないがその長い髪の手入れは僕しかできない 『長』

神変を得ても日ごとに生まれ死ぬ人のわざへのあこがれがあり 『変』

ひんやりと追い抜く風にはっとして暗闇坂に季節が巡る 『好きな坂』

黄金のカブトムシなら触れそうパソコン室でひとり探して 『夏の思い出』

10ドルのおつりをネコババしたことを静かの海まで来て思い出す 『良心の呵責』

完了にならない予定もできたけど翌日(あす)はあるのだ生にも死にも 『翌』

夕暮れのビルのあわいに猫の道カギのしっぽがわたしにあれば 『間』

旅立ちに背中が少しうずくのは図南の翼が生えてくるから 『図』

端緒さえ見せない閉じた輪の中で滅びたあなたはそよ風に似て 『緒』

骨だけになったら海に沈めてね深海鮫の玩具になりたい 『鮫』

まれびとの語る明日を信じたら書庫に別れを告げていずこへ 『外』

常在戦場だ、などとうそぶいた上司の帽子にどんぐり集め 『常』

水晶の中にひしめく針の森するどく月へ手を伸べるように 『森』

小銭分かぎりの洗濯待ちながら集合墓地を見張る空想 『洗』

「昔から鍵が曲がって開かないの」昨晩母が出てきた扉 『曲』

貸した傘待ち合わせへと急ぐ君夕立ちの後甘い幻肢痛 『怪我』

赤い戸に逆さに貼った福の文字枯れ野に朽ちる懐かしき家 『福』

当番を忘れたのでなく世話焼きな君に窓から呼んでほしくて 『当』

高々と投げたる帽子間違えたふりして君のを拾う卒業 『帽子』

紺の雲風に乱れる見えずとも我に寄りそう黒月の夜 『青と黒』

鉱石のラジオといっても玉の音(ね)がするわけじゃなしたなびく半旗 『ラジオ』

一歳(ひとつ)差がこんなに遠くまばゆくて揃いのヘアゴム原宿の星 『原宿』

兼好が家出をしたと思ってた僕に解脱の意味など訊くなよ 『脱』

磁器に似た素足が見える廊下がわ暖簾そよぐな夏の留守番 『怪談短歌』

酷薄と何をも責めぬ強き君いつか世界は報いるだろうか 『酷』

袖の中赤い傷をばのぞかせて熟睡(うまい)にふける二限目の君 『自由詠』

曇りなきビードロ玉をかざしたらゆがむ街並みあなたはひとり 『ビードロ』

失せ物は「出ず」約束は「破られる」でも恋だけは「一か八か」かあ 『破』

祖父(おおちち)の去りにし夏を幾度越え 主を待つ青い蔦の家 『蔦』

神霊の梯子かたどる隅の字をノートに写し胸騒ぐ盆 『片隅』

ほの青く鉛の水面の海蛍 ニライカナイの夏の便り 『蛍』

厳然と跳ね上げ橋に分かたれる これまでの君これからの僕 『橋』

出かける日君がほうったあの種が今では僕と空を見ている 日『ヒマワリ』

乱取りの勇姿を床から眺めをり 艦(ふね)に噛みつく飛び魚(エグゾセ)に似る 『トビウオ』

外套をかきわけ獅子に会いたくて今日も箪笥の奥にぶつかる 『ライオン』

そんな気はなかった君を舟に乗せ知らない海へ送り出さねば 『舟』

善悪の知識を得ると罪を得る 善と悪とを弁ずるゆえに 『悪』

かくれんぼ見つからなかった女の子 姿が祭の端をかすめる 『姿』

波の音は我を労る 時を経て水に永らう術なくしても 『泳』

サーカスの幕からのぞく暗闇に棄てられざる子の面(おもて)が浮かび 『棄』

撤退の指示は見えぬと舵を切る レンズを覗く隻眼の君 『眺』

海峡の母にぞ迫る蜃気楼 まだふるさとは遠からざるや 『蜃気楼』

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