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【インタビュー】齊藤峰明さん 日本文化の「これまでとこれから」 ー元エルメス副社長に聞く、ものづくり観と人生観

齋藤 峰明(さいとう みねあき)氏

エルメスフランス本社前副社長。1952年、静岡県生まれ。高校卒業後渡仏し、パリ第一(ソルボンヌ)大学芸術学部へ。在学中から三越トラベルで働き始め、後に(株)三越のパリ駐在所長に。40歳でエルメス・インターナショナル(パリの本社)に入社、エルメスジャポン社長に就任。2008年よりフランス本社副社長を務め、2015年8月に退社。シーナリーインターナショナルを設立、代表に就任。フランス共和国国家功労勲章シュヴァリエ叙勲。 (新潮社のプロフィールより抜粋)

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生業としてのものづくりー時代を超える「エルメスらしさ」

___本日はお忙しい中ありがとうございます。さっそくお伺いしたいのはエルメスらしさとは何か、です。

 急激な時代の変化の中にあっても変わらない、エルメスの根幹はどういったところにあるのでしょうか。

 職人文化を全面に押し出しているところですね。職人文化を持つブランドは他にもありますが、その多くは資本家に買収され、「お金稼ぎのためのものづくり」をするようになっています。

 一方でエルメスは創業時から変わらない職人の集団です。職人は生きるために商品を作り続け、それが段々と評価・信用に繋がる。そして最終的には社会に対する責任が生まれるのです。こうした「生業や社会的責任としてのものづくり」が、エルメスの根幹ではないでしょうか。

___なるほど。職人文化が根幹にあるからこそ、マネタイズファーストなのではなくクオリティファーストである、ということですね。

 そうです。在任当時の社長は「売れるからといって変なものをつくるな」とよく言っていました。もし変なものが売れたらどうするんだ、と。エルメスにとってマネタイズは重要ではないのです。

 「エルメスは売る相手を選ぶ」と勘違いされている方がいらっしゃいますが、そうじゃない。エルメスがつくる「本当に良い」ものをわかってくれる方に売っているだけであって、ビジネス戦略として顧客を選ぶようなことは絶対にしません。

___安易に時代に迎合するのではなく、あくまで「良いものをつくる」という職人文化を第一にしているのですね。

エルメスに学ぶ、日本の伝統工芸の活路

___職人文化という点では日本の伝統工芸があります。エルメスは世界的なブランドとして世界の最前線で活躍する一方で、日本の工芸は後継者不足をはじめ様々な理由で衰退しています。同じ職人文化なのに、このような違いが生まれたのでしょうか。

それは、世界中のみんなが経済的な豊かさを求めているからでしょう。そしてその「経済的な豊かさ」を具現化しているのは西洋です。その結果、「西洋的な」豊かさに憧れるようになったわけです。

 これは日本でも同じです。多くの人が西洋に憧れを持ち始めた。それなのに、開国後の西洋化・近代化という急激な変化に、日本の職人は追いつくことができなかった。時代に合わせたものをつくらなければならなかったのに、日本の職人は「自分のプロダクトが生活の中でどのように使われているのか」を知らなかったし、興味もなかった。

 それに対してエルメスは時代に合わせてじっくり変容することができた。何百年もかけて、技術を生かして変化してきたのです。馬具の技術を出発点として、自動車で馬具が不要になると車のトランク、女性が社会に進出するとバッグや女性の装飾品、というように。

 エルメスと日本の工芸は進んできた道が全く異なったわけです。かたや憧れの対象として時代に求められる形に変化し続けてきたのに対して、かたや急激な工業化・技術革新の中で置き去りになった。歴史の影響は非常に大きいものですね。

___意識的・物質的な面での急激な変化に、日本の工芸は対応できなかったということですね。では、日本の工芸が現代に適合するためにはどうすれば良いのでしょうか。

西洋をはじめ世界についてもっと知って、多様な視点から工芸を捉え直すことが大切です。西洋の価値観は現代において世界的に「普遍的」とされている価値観です。世界中の国や地域の人々が西洋に憧れをもっているわけです。もちろんエルメスは西洋の価値観に基づいているので需要が高い。

 一方で日本の価値観は西洋の借り物だから、西洋の価値観で勝負するなら本当はもっと西洋のことをきちんと知らないといけない。実際は世界のことをよく知らない事業者の方々が多いというのが事実ですが。

___西洋について、世界について、知った上で、多様な視点から何が求められているのかを考えなければいけないということですね。

世界を、日本を見る視点ー日本文化の「発見」と「発信」


___西洋の価値観が中心にある今、日本の価値観や文化が憧れになっていくためにはどうすればいいのでしょうか?

 これについては、今がチャンスだと思っています。というのは、日本の精神的な価値観が西洋に注目されてきているからです。お金や便利さといった物質的な豊かさではなく、心の豊かさのことですね。

 日本はある意味、完全に西洋化しなかったという特異性があります。例えば、空手や柔道をはじめとする武道の精神性がなぜ海外で人気なのか、あるいは評価されているのか。これを深く洞察していくことで、私たち自身も日本の良さに気付ける。そしてその良さを全面に押し出していけば、日本の価値観や文化がもっと評価されていくかもしれません。

___世界を知り、日本特有の素晴らしさをもっと押し出していく。これは今まさに私たちに求められていることのように感じます。

 そうですね。たくさん世界を知ることは重要なことです。読書や留学、海外旅行を通じて色々な人や文化と交わる。その上で自分自身や生活、日本の価値観を見直す。これらは、短期的な視点ではない長期的な視点を養うのに必要なんです。

 例えば、今はみんな儲かることしか考えていませんよね。企業しかりサラリーマンしかり政治家しかり。しかし、それって長い目で見た時に本当に重要なことなんでしょうか。今重要なこと、短期的に重要なことではなくて、長い目で見た時に重要なことが何なのかを考えなくてはなりませんね。

___損得勘定が先走ったり、役に立つか立たないかで判断したりすることは日常的にもよくあります。さまざまな経験を積んで、長期的な視点を養っていきたいですね。

若者が今できることー自分のために、自分たちのために


___時間が差し迫って来ましたね。これまでとは毛色の違う質問なのですが、齊藤さんにどうしても伺いたいことがあって・・・少し人生相談をさせていただいてもいいですか。

 大丈夫ですよ(笑)。

___ありがとうございます(笑)。私自身を含め、将来の夢や目標、存在意義を見失い何にも手が付かない状態の人が多いです。齋藤さんもフランス留学時代に同じような悩みを持っていらっしゃったようですが、どのように克服されたのでしょうか。

 日本では親が子どもの世話をしすぎる傾向にあります。そのため、子どものうちは何も考えずに生きていくことができるわけです。それに同年代の人としか交わらないから、社会と切り離されている状態になる。自分の夢・目標やアイデンティティは自分で見つけ出さないといけないのに、その練習ができないのです。

 これに対してフランスでは、小学生の頃から批判することを学びます。先生の意見を批判してみろと教わるのです。それに幼稚園の子供から高校生までが一緒に遊んだりもします。そこで自分の立場を学ぶわけですね。これらは夢やアイデンティティを自分で見つけ出す練習にもなります。

 私自身も、自分がいなくても社会は変わらないことに気づき深く悩みました。しかし、やっぱり自分の道は自分で探すしかなかった。アルバイトを通じて自分のしたいこと・好きなことを見つけ、自分の判断で道を切り開いてきました。それが誤りであっても、自分で選んだことだからいいんだと。

 大切なのは自分で決めることです。周りやカテゴリーにとらわれてはいけない。どこの学科にいたって自分の勉強したいことを勉強すればいいし、自分の目指していたものじゃなくてもその中で自分のしたいことを見出すことはできます。

___「周りに惑わされずにやりたいことをする」というのは、シンプルに見えますが実は難しいことです。それでも、自分の道は自分の力で切り拓いていきたいと思います。

___これで最後の質問になります。資金も、ノウハウも、専門性もない若者が、日本文化を盛り上げていくためにできることとは何でしょうか。

 生活に本当に必要なものを見つめ直して、必要なものをもっと要求することです。モノというのは実用品です。日本の工芸技術でつくられるモノは非常に素晴らしいものが多い。にも関わらず衰退しているのは不必要なモノをつくっているからです。

 毎日の生活の中で自分たちが本当に必要なモノを一つ一つ問い直してください。伝統だから、古いから、必要だとは限りません。人間国宝の方がつくるモノだから必要だとも限りません。だから、必要なものをもっと要求してください。これをつくれと。職人技で何をつくってほしいのかを。そうすれば本当に必要な伝統工芸はこれからも続いていくはずです。

 例えば、iPhoneのカメラのこの出っ張った部分。これは伝統工芸の技術なんです。伝統工芸の技術でしかつくれないのです。工芸を世界に発信するのも勿論いいですが、未来に欲しいモノ・必要なモノをもっと要求してください。今日常にあるものの多くは最近つくられたものが多いです。iPhoneしかり、スケボーしかり。もっともっと若者が新たな文化、新たなモノをつくっていけばいい。それが工芸と繋がれば、工芸はこれからの社会でも必要とされていくでしょうね。

___必要なものを時代に要求していく、という発想はありませんでした。これからを担う世代として、新たな文化をただ享受するだけではなく、能動的に見つめ直す姿勢を持ちたいですね。

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