企業のビリーフを言語化する
「ビリーフ」とは
「ビリーフ(信念)」とは、例えば「都会の人は冷たい」や「痩せている人は神経質」といった、私たちが経験を通じて培ってきた明確な根拠のない観念や思い込みのことです。このようなビリーフは、私たちが世界をどのように理解し、どのように行動すべきかを指針とする内在的な価値観となっており、私たちの行動の原動力になることもあります。
では、この「ビリーフ」を、ビジネスの世界、特に企業経営の領域に当てはめると、どのような意味を持つのでしょうか。
企業におけるビリーフは、個人が持つビリーフと同じく、企業の様々な事業活動の背後にある価値観や信条のようなものです。そして、それは企業のミッションやビジョンの基盤となり、組織全体の行動原理や方針を導きます。
加えて、ビリーフは企業ブランドを形成し、外部へのメッセージにも大きな影響を及ぼします。顧客やパートナー、投資家などのステークホルダーは、企業が掲げる事業戦略と共に、そこに反映されているビリーフを理解することで、企業の理念や価値観を深く捉え、その企業と関わる意義を考えることができます。
ビリーフはまた、従業員が業務に取り組む動機の源泉となり、共通の目標に向かって一体となるチームの枠組みを提供します。それはまさに組織の羅針盤であり、その意義を深く理解し適切に活用することで、最大のパフォーマンスを発揮するための強力なツールとなるのです。
本記事では、ビリーフが企業においてどのような役割を果たし、なぜそれが重要なのかを解説します。
成功企業が持つ明確なビリーフの例
GoogleやAmazonは、現代の地球上で最も成功している企業といえます。これは単に偶然や運によるものではなく、明確なビリーフに基づいた戦略と、ビリーフがあることで、その戦略に対する絶えざる取り組みと実行力が発揮された結果です。
例えば、Googleは「テクノロジーによる情報の収集・整理」というミッションを掲げていますが、その根底には「デジタルテクノロジーを使ってあらゆる情報を集め、整理することで、大きな価値が生まれる」というビリーフがあると考えられます。
このGoogleのビリーフは組織内に深く浸透しており、Googleが提供する多くの製品やサービスにも反映されています。Googleが、検索エンジンやEメール、地図などのプロダクトで後発ながらも圧倒的なシェアを占める地位に上り詰めたのは、このビリーフに基づいて技術力を磨き、プロダクトを開発したからでしょう。
また、Amazonは「徹底した顧客視点」を追求していることで知られていますが、その背後には「インターネットの時代には顧客中心のサービスが基本となるため、それを極めることで圧倒的な競争優位性を得られる」というビリーフがあると考えられます。
このビリーフはAmazon全体に浸透しており、すべての事業活動の基盤となっています。商品の多様性、配送の迅速さ、サービスの利便性など、Amazonのビジネスモデル全体がこのビリーフを起点として設計されることで、世界一の優れた顧客体験を実現し、圧倒的な競争力を生んでいるのでしょう。
ビリーフの要素
GoogleやAmazonの例に現れている通り、ビリーフは主に以下4つの要素を含んでいます。
未来に対する予測:(例) 「近い将来、世の中は○○になる」
満たされていないニーズの仮説:(例) 「ユーザは○○を求めている」
難題に対する解決策の仮説:(例) 「○○すれば●●ができる」
自社の能力への自信:(例) 「我々は○○を変えられる」
ビリーフはその名の通り、あくまで「信じていること」であり、事前に確認された「真実」ではありません。しかし、そのようなビリーフが適切に言語化されることによって組織内で確固たる共通認識が生まれるのです。そして、出来上がった共通認識に基づき、筋の通った戦略に構築することで、厳しい競争環境を勝ち抜く力を生み出し、成功に繋げることが出来るのです。
ビリーフの不一致が引き起こす課題
明確に設定されたビリーフは企業の成長を支える力になる一方で、組織内でビリーフが一致しないときには問題が起こります。
具体例を挙げて考えてみましょう。ある企業が環境保護を掲げて活動を行っているのに、社員の一人が「本当にこの活動に意味があるのか?」と疑問を抱いているような状況です。
この社員の疑問は、「私たちの小さな会社が環境問題に大きな影響を与えるわけがない」という現実的な疑念から来ているかもしれません。あるいは、「環境保護自体に価値がない」というより深刻な価値観の相違から来ているかもしれません。
しかしいずれにせよ、このような状況で、具体的な戦略や個別の活動の是非を議論しても、疑問を解消することは難しいのです。ありがちな状況として、他の社員に強く主張されて、「まだ自分の本心としては完全に収まっていないけれど、一応納得したことにしよう」と妥協することはあるでしょう。しかしその結果、その人が関与する活動が何らかの形で行き詰まるリスクが高まります。
これが、ある一人の社員だけの問題であればまだ対処できるかもしれませんが、多くの社員や組織内のキーパーソンが同様のビリーフの違いを抱えていた場合、どんなに優れた戦略があっても実行段階で問題が発生してしまうことが容易に想像出来ます。
ビリーフの擦り合わせ
ビリーフの不一致が存在する場合、戦略を議論するよりも前に、「ビリーフの摺り合わせ」が必要です。すなわち、企業としてのビリーフを明確に設定し、そのビリーフをチーム全体で共有し理解することを求めるのです。
例えば、前述の例であれば、「小さな会社である我々が、日々の運営の中で環境保護に少しでも貢献することに意義を見出し、それを目指す」という考え自体を組織全体のビリーフとして設定し、メンバー間で確認します。
ここで重要なことは、戦略の良し悪しを問う前に、何をビリーフとするのかを定めることです。全員が全く同じビリーフを持つことは難しいかもしれませんが、それでも各人がチームとして共有するビリーフを理解できれば、「自分の個人的な考えは違うかもしれないが、このチームではこのビリーフを大切にする」という認識ができます。この認識があると、意見の不一致を越えて協業しやすくなるのです。
ビリーフは戦略と異なり「論理的に説明する」ものではなく「信じる」ものです。したがって、「チーム全体で議論した結果、このビリーフを採用することにした」という結論が出れば、個人的な意見と異なるものであっても受け入れられることは多いのです。
逆に、ビリーフの摺り合わせをせずに戦略を議論すると、自分の意見を強く持っている人ほど、それと相反する戦略が提示された時に、「論理的ではない」「事実と異なる」「間違っている」と違和感を抱いてしまいます。
そのような状況になると、「チームの方針は間違っていると思うので、自分だけは別の方針を採ろう」というような連携を乱す行動や、「結局失敗するだろうから、全力を出すのをやめよう」という消極的な態度が出てきてしまう可能性が高まるのです。
ビリーフの摺り合わせを行うことは、組織全体として一致した方向性を見つけ、一致団結して目指す目標に向かうために不可欠なステップなのです。
まとめ:ビリーフの言語化に向けた最初の一歩
ここまで、ビリーフの重要性、その不一致が組織に与える影響、そしてビリーフの摺り合わせの必要性について説明してきました。
ビリーフを明らかにして、言葉で表現していくためには、実際には一定の時間と労力が必要となります。しかし同時に、それだけの時間と労力をかけて議論していく価値がある重要なプロセスでもあるのです。
それでは本記事の最後に、ビリーフを考え始める際の最初の一歩となる、いくつかの問いを挙げておきます。
我々はどのような未来を予測しているのか?
我々はどのようなニーズがまだ満たされていないと思っているのか?
我々はどのような解決策を提供しようとしているのか?
我々は自社の能力をもって、何を実現できると自信を持っているのか?
まずはこれらの質問について、事業運営の中心となるメンバー全員で議論してみましょう。それが、企業や組織、チームのビリーフを形成するための良いスタートとなると思います。