パラダイムシフトを想定する
パラダイムシフトとは
一般的に、パラダイムシフトとは、ある時代に主流だった古い考え方に代わり、その考え方が内包してきた課題を解決できる全く新しい考え方が台頭することです。
歴史上、学問の世界においては、地動説の提唱や大陸移動説の発見(地学)、相対性理論や量子力学の発展(物理学)、ダーウィンの進化論や遺伝子研究の進歩(生物学)など、従来の概念を覆す画期的な発見や理論が生まれた時に、パラダイムシフトが生じました。
ビジネスにおいても同様に、産業革命や情報革命、AIの台頭といった社会全体の大きな変化に伴って新しい考え方が生じたことは、まさにパラダイムシフトと言えるでしょう。
企業が中長期的な視点で事業や組織の大きな変革を目指す際には、こうした社会変容としてのパラダイムシフトに関する共通認識を持つことが重要です。そこで本記事では、これまでの産業界の実例を踏まえながら、パラダイムシフトについて詳しく解説していきます。
パラダイムシフトの例①:小売業における変化
1つの例を見てみましょう。かつての小売業界は、実店舗でリアル商品を販売する「リアル小売」が主流でした。顧客は店舗に足を運び、直接商品を見て選ぶというスタイルが一般的でした。
しかし、インターネットの普及に伴ってECサービスが登場し、小売業界に大きな変革をもたらしました。多くのネット小売専業企業が台頭するだけでなく、従来型の小売業者もオンライン販売に参入しており、小売業全体のEC化は急速に進展しています。
ここで注目すべきことは、単に販売チャネルがオンラインに変わっただけでなく、EC化によって消費者の購買行動や小売事業者の戦略自体に質的な変化が見られることです。
例えば、よく知られているように、消費者の購買行動には「目的買い」と「衝動買い」という2種類がありますが、ECの世界ではそれぞれが進化しています。目的買いをしたい時には容易に商品を検索して即時注文できますし、逆に個人の嗜好分析に基づく最適なタイミングでのお勧めによって衝動買いが増えているのです。
また、小売事業者の視点でも大きな変化が起きています。リアル店舗の時代は、どのような立地を押さえて出店したか、あるいは、限られた店頭の陳列スペースをどの品物で埋めるか、ということが重要でした。しかしECでは、立地は関係なくなり、店頭の陳列スペースの制限もありません。その代わりに、顧客の流入導線を確保するデジタルマーケティングや、欲しいアイテムを探しやすくするためのUI(ユーザインターフェース)の磨き込み、データを活用したユーザニーズの深い理解といったような、テクノロジーの活用が重要になっているのです。
このように、小売業界におけるパラダイムシフトも、消費者の購買行動から企業の事業戦略まで、業界全体に大きな影響を与えています。逆に考えると、企業が成功し続けるためには、このような質的な変化を先取りしていち早く対応していくことが不可欠なのです。
パラダイムシフトの例②:自動車産業の構造変化
もう一つの例を見てみましょう。自動車産業で近年注目を集めているのが、CASEと呼ばれる自動車産業の構造的変化です。CASEとは、Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared(シェアリング)、Electric(電動化)の頭文字を表しており、これらの変化によって、自動車そのものの概念が大きく変わろうとしています。
まず、一般消費者の視点から見てみます。従来、自動車の所有は成人の証しであり、ステータスの象徴でもありました。運転を趣味とする人も多く、自分の車を持つことが一般的でした。
しかし、自動運転技術の進化により、車を運転する必要がなくなりつつあります。さらに、シェアリングサービスの普及により、自家用車への愛着やこだわりが薄れていくことが予想されます。自動車は単なる移動手段と化し、むしろ車内での過ごし方が重要視されるかもしれません。
一方で、自動車産業の構造も大きく変わりつつあります。これまでは自動車メーカーを中心に、部品製造業や関連産業が連なってエコシステムを形成していました。
しかし、CASEが進展すると、新たなサービスや事業がこれまでにない中心的な役割を担うと考えられています。例えば、MaaSプラットフォームのようなサービスが、自動車のシェアリングや自動運転の中核を担い、他の交通機関や異業種と連携する上での中継点になるでしょう。そうなれば、産業全体の力関係も大きく変わることが予想されます。
このように、自動車産業におけるパラダイムシフトは、消費者の行動様式から産業構造そのものに至るまで、根本的な変革をもたらす可能性があります。企業には、この変化を的確に捉え、柔軟に対応することが求められているのです。
パラダイムシフト検討の3ステップ
小売業や自動車産業の例を見てきましたが、それ以外の多くの業界でも産業構造を変えるパラダイムシフトが起きています。そしてそのパラダイムシフトにうまく適合できた企業が新時代の主役となるケースも多くあります。
そのため各企業には、自分たちの産業周辺でどのような構造変化が起きているのかを常に想定し、その変化が事業にどのような影響をもたらすかを考え、生じる変化に柔軟に対応することが求められます。
パラダイムシフトを検討するためには、以下の3つのステップが有効です。
特に重要な外部環境変化を選定する
顧客と企業の視点で業界構造の変化を想定する
自社にとっての意味合いを見極める
以下、それぞれのステップについて簡単に説明します。
1. 特に重要な外部環境変化を選定する
まず、PEST分析(政治的、経済的、社会的、技術的要因の分析)の枠組みに沿って外部環境の変化を洗い出します。ここで大切なことは、あらゆることを網羅的に挙げることではなく、特に影響が大きいと思われる要因を選び出すことです。
2. 顧客と企業の視点で業界構造の変化を想定する
次に、外部環境の変化が、顧客や関連業界の企業にどのような質的な変化をもたらすかを考えます。例えば、技術の進歩が顧客の購買行動をどのように変えるか、またそれが業界内の競争にどのような影響を及ぼすかといったことです。
3. 自社にとっての意味合いを見極める
最後に、これらの変化が自社にとってどのような意味を持つのかを見極めて言語化します。ここで、各要素を機会と捉えるか、それとも脅威と捉えるかは、多分に「解釈の問題」であることも多いです。それでも、絶対的な正解がない問題に対して議論を行うことで、チーム内の認識を合わせることができます。
以上の3ステップでは、外部環境の変化と業界の変化を行き来しつつ、全体を流れとして語れるように、思考を整合性のあるストーリーの形で磨き上げます。すべての外部環境要因について考えることは不可能ですので、網羅性よりもストーリー性、定量的な分析よりも定性的なコンセプトを重視して、適度に割り切ってシンプルにまとめていきます。
パラダイムシフト検討におけるポイント
パラダイムシフトを検討する際には、いくつかの重要なポイントに留意する必要があります。
大前提として、現状分析に終始せず、長期的な視点を持つことが重要です。人はどうしても目の前で起きている現実の変化に気を取られがちですが、5~10年先に向けて生じる非連続で質的な変化に目を向けることが必要です。
次に、将来を正確に予測することは不可能だということです。絶対に正しい予測という「結果」ではなく、起こりうる複数のシナリオを想定し議論するという「プロセス」に真の価値があります。それを通じて、様々な可能性に柔軟に対応できる体制を整えることができるからです。
また、網羅的に情報を集め、高度で精緻な分析を行なって正解を導き出そうとするアプローチは正しくありません。そうではなく、最初に既知の情報を持ち寄って初期仮説を作り、その後、段階的に解像度を高めていくという方法を取ります。それによって、チーム内でパラダイムシフトへの理解が深まり、より実行可能な戦略を立案することに繋がります。
このようなアプローチを通じて、企業はパラダイムシフトに適切に対応し、変化に強い組織を構築することができるのです。
まとめ:パラダイムシフトを想定し、意識合わせをしよう
この記事では、ビジネスの世界におけるパラダイムシフトについて、小売業や自動車産業の具体例を踏まえながら検討してきました。そして、パラダイムシフトを想定する際の3つの主要なステップについても解説しました。
外部環境の分析と、その意味合いの検討を行き来しながら、チーム全員で議論を重ねることで、企業は自社を取り巻くパラダイムシフトを的確に捉えられるようになります。これにより、変化への柔軟な対応が可能となり、新たな機会の発見にもつながるのです。