映画"Chungking Express" 『恋する惑星』
前置き
1994年公開の香港映画。
ネタバレ注意。
http://www.kinenote.com/main/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=16963
全体的に2部構成。そのあたりの、場所が同じ、警官と言う共通の職能セッティング、でも、二つのStoryの構成、その距離。
当時、Visualとしてのインパクトを受けた記憶もまだ新鮮だが、今の香港を考える上でも、さらにそこを通して、世界情勢の中で考える上でも、今なお強烈なインパクトがあると、再認識…
距離たち
・雑踏が育む様々な距離、とりわけアジアの雑踏が包含するカオスとも言える距離群
・警官という職業が包含する距離
・前と悪の距離
・日常と非日常の距離
・モラルという名のラインの前と後
・0.01mmという物理的な距離
・4月1日から主人公の誕生日である5月1日までの1ヶ月という距離
・ふられた彼女の家族にでもまだ話しかけられる距離?
・かつて、固定電話+ポケベル with パスワード、という、現代から考えると不便な通信手段が持ち得ていた、豊かなコミュニケーション距離
・アジアの屋台が持っている、あの緩い距離空間…
・ジョギングが担う、絶対的な距離、走破すべき距離、そこに費やす超短時間だけど無視できぬ微細な距離
・屋台のShowCaseが醸し出す、食べ物と自身(買手)との距離
・Jukeboxという、極めて20世紀的な装置が醸し出す、個人と時代との間の距離
・さらに、Jukeboxがあぶり出す、20世紀という時代と他世紀との距離
・酒、Barが育んで醸し出す、距離
・カツラ、変装が醸し出す距離
・時間をずらす装置としての冷蔵庫が包含する距離
・歴史的、政治的、地理学的に香港という土地が担い、今後も抱え続けるテーマとしての距離
・距離を飛び交う人々の距離をもてなすキャビンアテンダントが担う距離の対処法
・飛行機が処理する距離、その上に、人々が思いを馳せて、重ね、膨らませ、夢想する距離
・Californiaという特定の地名が誘引する距離
・パイナップルという距離
・缶詰が閉じ込めた距離
・賞味期限という距離
・エスカレーターというデバイスが処理し得て、処理しきれない距離
・アジアの地下商店街が醸し出す豊穣すぎる距離群
・広東語、北京語、日本語、英語という言語上の距離を渡り歩けるテクニック
・夜明け、が暴いていく距離
・距離に必要な、水分
・エアコンではなく、しかもエアコンにはなくて、扇風機がになってきた距離
・鍵、というデバイスが制御する距離
・石鹸、タオル、金魚などという、距離を投影する日用雑貨
生きる、という事象において、重要な距離を斯くも見事に描ききった映画が1994年に誕生していたことは重要では無いか。
今、香港は揺れ動いている。
だからこそ、香港という、時代的にも地政学的にも稀有な地が生み出した、この傑作を今、見直してみることから始めてみても良いのでは無いか。