「心理学に死生観を持ちこむことが重要と語る」 ヤマザキ動物看護大学 准教授 加藤理絵さん
現在、大学で心理学を教える傍ら、中高一貫進学校でのスクールカウンセリングに携わり、自身の研究を通して、人がより輝く生き方をするには死を意識する必要があるという加藤理絵さんにお話しを伺いました。
【加藤理絵さんプロフィール】
出身地:東京
経歴:東京大学卒業後、 日本エス・エイチ・エル(株)の人事コンサルタントを経て、東京大学大学院教育学研究科 PhD
現在の職業及び活動:
ヤマザキ動物看護大学 動物看護学部動物看護学科 准教授
上智大学グリーフケア研究所 非常勤講師
横浜雙葉小中高等学校 スクールカウンセラー
座右の銘:一日一生
死を意識することで毎日を大切に生きられる
記者:今のお仕事をするようになったきっかけは何ですか。
加藤:いま現在は、大学で心理学を教えて四年目ですが、ずっとメインでやってきたのは大学生の学生相談と、中高進学校のスクールカウンセリングですね。東大の法学部と経済学部の学生相談です。そのあと女子の中高一貫校で、進学校の一見恵まれている人たちのカウンセリングをしてきましたが、まあいろんな悩みがあるんです。
記者:スクールカウンセリングと心理学ですか。
加藤:はじめは出版に興味があったのですが、大学を卒業する時が就職氷河期だったので、心理学科に学士編入をして、卒業後イギリス系の人事コンサルティング会社へ入社しました。
もともと人が大好きで、人の心にすごく興味があったので、新卒採用や適性検査の開発している会社で、仕事と人のマッチングをしていました。しかし実際に仕事をしていると企業にはコンサルティングよりも心のケアが必要な人がたくさんいて、そちらに興味を持ちはじめました。
記者:仕事をしてみて、人の心のケアに興味があることがわかったということですね?
加藤:はい、そしてもう一度、東大の大学院に入って新しいキャリアとして臨床心理士の資格をとって研究しながらカウンセリングしていきました。人をケアするというのも、人を助けたいというより、人の心ってどう動くのかに興味があったので、それが人に役立つのであればと、続けてきた感じです。そして、カウンセリングや研究をしてきて、「死」に興味があるということがはっきりしてきました。
記者:死についてですか。
加藤:ええ、死は決してネガティブでなくて、ナチュラルなことですよね。私たちは必ず死ぬので(笑)、人が死ぬことに対してどんな価値観をもっているのか、死生観について大学院時代から興味をもちはじめました。
東大病院でグリーフケアという緩和ケアチームというのがあって、そこでターミナル期のボランティアをして、研究活動としては、若い世代の死生観の育成支援を考えることを並行して行っていました。
カウンセリング場面では結構、自殺願望や希死念慮とか、「死」というテーマが出てくるんです。日本では死について話すことはタブー視されていますが、死を考えるっていうことは命の有限性について気づくことなので、生きることにつながると思っています。
私たちは死を隠蔽して生きられないし、死を意識することで毎日を大切に生きられるから。
記者:たしかに、死を考えると何のために生きるのかとか考えますよね。
加藤: 東日本大震災があった年に父を亡くしました。大切な人の死はショックでしたが、研究だけでなく身内の死に直面したことで、その人との絆を見直したり、自分がこれからどうやって生きていくのか見直したりすることができました。人との絆を見直したり、自分がどう生きていくのかを考えることで人は強くなる感じがします。
ポジティブ心理学(ポジティブシンキングとは別のもの)でも、死はつらいものだけれどその人を成長させてくれる機会でもあると。PTG(ポストトラウマティックグロウス)でも言われているように、人は大切な人の死という悲劇を経験しても、そこから人とのつながりや生きている時間の貴重さを改めて感じたりすることができますし、人の成長につながる経験にもなりうるということです。人間の持つレジリエンス(回復力・弾力性)の力は本当にすごいものだと思います。
記者:人の死は普段なかなか経験できるものではないので、本質的なことを考えるきっかけになる大切な出来事ということですね。
具体的に加藤さんは今、どのようなことに取り組んでいらっしゃるのですか。
今取り組んでいる3つの使命
加藤:私は最初、「カウンセリング」に興味をもってやっていたのですが、一対一なので時間も限られてしまうということもあり、よりよいカウンセリングを行う上で、いま大学では「ティーチング」でその考え方を多くの人に広めることをしています。心理学の知識を教えるのではなく、生きていく上での力を養うスキルや勇気といった、実践に活かせるものを伝えていくことがティーチングでできると思って取り組んでいるのが一つですね。
あと、「リサーチング」というのは研究活動ですが、研究も同じように世の中に発信していく力があると思っています。ポジティブ心理学がまだまだ日本では研究が少ないので、これを日本から発信していかないといけないと感じます。病理からのアプローチがカウンセリングで、ポジティブ心理学のアプローチは、ポジティブ・サイコロジー・インタベーションというのがあるのですが、これは人が幸せになるためのワークやエクササイズ、介入です。
その中に、スリーグッドシィングという一日の終わりに、今日あった3つのいいことを書き出して一週間続けると、その人の幸福度が半年後も続くということが研究で実証されていて、こうしたことも取り入れていきたいですね。
私の使命として、今は「カウンセリング、ティーチング、リサーチング」この3つをやっていこうと思っています。
記者:使命がはっきりしていらっしゃるんですね。
加藤: 母親になって今はすごく幸せですが、私が日本に生まれてきたのもずるいくらい恵まれていると思います。これから先はどうなっていくかわからないですが、これからの未来をよくしていくのは私たちに課せられた使命だから、私に何ができるのかと考えたときに、今できるのはその3つかなって思います。
記者:どれも人の成長に関することですね。人に興味を持ったのはいつごろからですか。
加藤: 小さい頃から人に興味がありましたね、いま思えば子どものころからおばあちゃんと死について話してました。あと人を観察するのが好きで、客観的に人をみていましたね。
自分の不完全さを認める勇気が必要
加藤:今は、大学の先生、カウンセラー、研究者をやっていますが、どれも「らしくない」って言われます。自分の中途半端さが武器になると思い始めたのが最近ですかね。カウンセリングで保護者のケアもするのですが、私は完璧ではないので、こんなでいいんだって安心されるみたいで、ダメさが人を救うみたいなとことがある、それが私の強みかなって思います。
記者:それは謙遜だと思いますが、確かに加藤さんは人に安心感を与えると思います。人間は完璧な人なんていないので。自然体でいたいと思っても、それが難しいですよね?
加藤:東大の法学部の学生をカウンセリングしてきて、東大の中でもトップの彼らは子どものころからつまづいた経験がなくて、常に誰よりもできて来たけれど、ふたを開けてみたら法学に興味がない子もたくさんいました。外からみて条件が恵まれていて完璧に見えても、決して幸せではない。そういう中で自分の不完全さを認めて、自分の得意なところ好きなことをやっていくことが幸せだったりします。
親は本当のところ、自分の「子どもに幸せになってほしい」って望むのに、いい大学入って、いい企業に入ったら安心と、条件と目的が入れ替わってしまっている、そこに気づいてほしいです。
記者:いつの間にか目的と条件が入れ替わってしまう・・。
加藤:死ぬ時に、私の人生まあまあ幸せだと思えたら、それこそ勝ち組だって思います。幸せかどうかの価値基準って、「幸せって感じている時間の総量」だと思うんです。今がんばれば幸せになるからと、今を犠牲にするのではなく、幸せと思える時間を増やすことが大切だと思うから。今どれだけ幸せでいられるか、死を意識することで真剣に考えることもできます。対極にあるようにみえる「ポジティブ心理学」と「死生観の育成支援」の取り組みをしていますが、両方を考えることが大事だと思っています。
記者:いま人の死に対して考える機会が減っている気がしますね。
加藤:ええ、核家族化で人の死に触れる機会が減っていることもありますが、どんな影響を与えてしまうのかと、教育に死生観を入れることを、学校は怖がりますね。
でも学校で、死について意識したり、考える機会を与え、命について考える授業を導入する必要があると思うので、自分で死生観を育てていけることを支援するような教育を入れていけたらと思っています。
記者:いいですね。そんな加藤さんにはどんな夢ありますか?
桜の花を愛でるゆとりのある社会づくり
加藤:今やっている中高一貫校の生徒や保護者からの相談や、目の前のやることを淡々とこなしていきます。他に現在、名付け行為の調査をしていて、子どもが生まれた時に親がどんな思いで名前を付けたのかを聞いて、それが関係性にどんな影響を与えているのか研究しています。
記者:面白いですね、人は親との関係性が本当に大事だと思います。
加藤:あとは、子どもが生まれたことが大きなきっかけですが、これからの未来、子ども達や関わってきた人みんなが幸せになれるような社会をつくりたいですね。桜の花を見ると日本ってすばらしいなって、こんなに美しい日本がこのままでいてほしいと思います。そのためには戦争なんてあったらムリですし、桜の花が咲き続ける日本で、それをめでるゆとりのある社会をつくりたいです。そして、お互いに認め合って生かせる社会ができたらいいと思います。
記者:桜の花が好きなんですね。ホントにお互いを認め合って生かせる社会をつくっていきたいと思います。加藤さんのような方が教育現場にいることに希望を感じます。今日は素敵なお話をありがとうございました!
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ブログ:https://katorie.net/
【編集後記】
好奇心と愛をもって目の前の人と接する加藤さんの追求心はどこからくるのか。スクールカウンセラーとして、大学の講師として、母として多くの人に影響を与える人が、本質的なことに目を向けて、お互いに認め合える社会を目指している姿勢が素敵です。これからの活躍に目が離せません。
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この記事はリライズ・ニュースマガジン”美しい時代を創る人達”にも掲載されています。
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